コンサルティング企業、ギャラップの調査(2013年)によると米国のオフィスワーカーの39%が何らかの形で在宅勤務を行っている。また、2005年から2010年の5年間で、その人口は66%増加したとのデータもある。
「2013年にはヤフーCEOのメリッサ・マイヤーが『在宅勤務は社員のコラボレーションの妨げになる』として、この制度の見直しを発表。テレワーク推進派から強い批判を浴びました。しかし、その後もアマゾンやデル、IBMやアメリカン・エキスプレスなど数多くの大企業が社員の在宅勤務を推奨しています」(在米ジャーナリスト)
世界最大級のホテルチェーンとして知られるヒルトングループも今年7月、予約オペレーションを担当するスタッフを「完全在宅型で500名雇用する」と発表し、大きな注目を集めた。
しかし、テレワーク推進を打ち出しているのは大企業ばかりではない。「米国では社員数300名程度の中規模な企業の中で、より本格的なテレワーク導入の動きが起こっている」と話すのは、前出のジャーナリスト。
「この分野のオピニオンリーダー的存在とされるのが、求人サイトFlexJobsを運営するサラ・シュトン・フェル氏。彼女は世界経済フォーラムで“世界の若手リーダー”にも選ばれた人物。グローバル経済の今後を考える上でもテレワークに代表される柔軟な雇用形態は必須と『ハフィントン・ポスト』のコラムでも主張しています」(同前)
サラ氏は今年7月、テレワークに特化した情報サイトRemote.co.を立ち上げた。
「私自身もこれまでの8年間、ほぼ全ての社員が在宅で働く、テレワークカンパニーを運営してきました。対面のコミュニケーションに頼らないテレワークには、マネージメントの問題や、どうすれば生産性があげられるかなど、様々な課題がありますが、そういった問題をみんなで話し合える場を構築していきたい」と述べている。
Remote.co.は大手企業のテレワーク雇用の求人広告を掲載するほか、GitHubなどの有名テクノロジー企業の担当者がインタビュー記事に登場。フレキシブルな労働環境の中で、いかに生産効率を高めていくかといった議論が交わされている。
「モバイルやクラウドの技術をフル活用し、“完全テレワーク雇用”を実現している新興企業も数多く登場します。その多くは小規模な企業ですが、国境を超えて世界から優秀な人材を採用している。面接のやり方や、休暇制度の在り方など、具体的なオペレーション手法を公開しています」
Remote.co.において、最も成功したテレワーク企業の一つとして紹介されているのがAutomattic社だ。世界で最も利用されているブログのプラットフォーム「ワードプレス」を運営する同社は2003年に設立。本社はサンフランシスコにあるが、325名いる社員のほとんとは完全在宅勤務。世界36カ国に散らばっている。
同社人事部のロリ・マクリース氏は「地域を問わず採用活動が行われるため、能力の高い人物を採用できる」とテレワークの利点を述べている。採用にあたっての面接は、あえてスカイプや電話などを用いず、“テキストのチャットのみで行う”という独自のポリシーを貫いている。
「業務の大半はプログラム開発に関わること。仕事のほとんどが、テキストベースで行われるため、面接の時点でそういう企業カルチャーを理解してもうらためにこの形にしている。タイムゾーンをまたいだ相手とのインタビューも、テキストのチャットなら気軽です」とメディアの取材に応えている。
同社の採用ページには、採用にあたっての細かな手順が解説されているが、その中でも目を引くのが、「全ての新入社員は数週間の間、カスタマーサポートを担当する」という条項。顧客の声をチャットやメールのやりとりで直接聞くことにより、自社のプロダクトに何が求められているかを学ぶのだという。
「勤務時間というものは特に設定してない。海外で働くメンバーも多いので、固定した時間内に作業を行う習慣が無い」という同社だが、同じタイムゾーンに属する社員を新人のメンターとして指名し、日頃から密接にチャットさせるといった制度も導入している。
「Automattic社の試みが興味深いのは、テレワークを通じて固有の企業カルチャーを生み出している点。オンライン上には社員のたまり場として“ウォーター・クーラー(冷水機)”というチャットルームを作り、業務に関係の無いこともおしゃべりし合う空間になっています。別の企業ではヴァーチャル空間を社員同士が散歩しながら語り合うソフトなども活用されています」(同前)
Automattic社では年に1度、会社の費用負担で全社員が一箇所にそろうグランド・ミートアップ呼ばれるイベントを開催。ハワイやラスベガス、フロリダなどのリゾート地に集合し、一週間に渡り共同生活を送りお互いの絆を深めている。
「帰りの空港ではみんながハグをし合ってさよならを言うんです」と人事担当者のロリ・マクリースは「ウォール・ストリート・ジャーナル」の取材に応えている。
ウェブをより良い場所にしようという思いで、みんながオンラインにいる――同社のそんな理念は、ワークスタイルの変化という枠組みを超え、今後の企業の在り方を変えるアイデアに満ちている。