海を越えて挑戦する選択肢を示したい
「私、会社に戻ってきてもいいのかな」社員を大切に考える緒方だが、ある日、実践が不十分であることを思い知る。創業から会社を支えた女性社員が産休に入るとき、ふと不安をこぼしたのだ。「沖縄の出生率は日本一。うちも従業員数70名弱のときに最大17人が産休に入りました。とても喜ばしいことですよ。ただ、産休中のスタッフの代わりに人を雇わないと事業が回らず、新たに人を雇うと産休から復帰する社員の戻る場所がない。彼女が不安を覚えるのも当然でした」
コールセンター事業の成長だけではもはや雇用を守れない。社員の居場所をつくるため新たに始めたのが、首里石鹸ブランド事業だった。首里石鹸ブランドで扱う石鹸は沖縄の植物や果物を原料に使用。コールセンターで対話の大切さは実感している。コンセプトを自分たちの言葉で伝えるため、卸をせず直販にこだわった。オペレーター経験のある社員たちは接客技術が高い。観光客を中心に人気に火がつき、立ち上げから2年で黒字化した。
店舗が増えて社員の雇用確保の目途がつくと、緒方のなかに新たな思いが湧いてきた。沖縄発世界ブランドの創出だ。
「沖縄の人はオープンですが、自分たちは外に出たがらない。海を越えて挑戦する選択肢を示したかったし、それで沖縄の魅力に気づいてもらえれば、来てくれる人が増えて沖縄の経済も潤います」
緒方は真っ先にニューヨークへの出店を模索した。しかし、コロナで計画は頓挫して、県内の観光客も激減した。ただ、苦肉の策でトライした名古屋や大阪でのポップアップに手ごたえがあった。県境をまたぐことが憚られる社会の空気のなかで、躊躇しつつも出張メンバーを募ると、次々に手が挙がったのだ。
「県外の百貨店では観光土産ではなく普段使いの商品として訴求しなければいけません。また、現地の販売スタッフをまとめるマネジメント力も必要。電車に乗ったこともなければコートももっていないうちの社員たちには驚くことばかりでしたが、1カ月やって帰ってきたら、みんなピカピカになっていました」
成長した同僚を見て、「次は自分の番」とばかりにまた別の社員が名乗りをあげる。もはや首里石鹸の海外挑戦に異を唱える社員はいなかった。
念願だった海外は台湾での展開が決まり、ニューヨークとオーストラリアへの出店も検討中だ。
沖縄で自分の居場所を見つけた緒方が、社員が輝ける場所を新たにつくる。恩返しは、これからが本番である。
緒方教介◎九州産業大学を卒業後、雑誌編集者などを経て、1999年沖縄に移住。2011年にコーカスを創業。コールセンター事業を拡大し、16年に新規事業のスキンケアブランド「首里石鹸」を立ち上げ。沖縄の植物や果物を使った家族で使えるスキンケア製品をコンセプトに商品を開発。ファンを増やし、売り上げ20億円規模の会社へと成長させた。