日ごろ何気なく触れ、口にしているものの“はじめて”を知るのは楽しい。知識は味わいを増幅し、経験をより豊かなものへと変えてくれる最高のスパイスだから。そこで日本酒の“はじめて”を訪ねてみたい。
日本における酒の起源は明確に記録されていないが、朝鮮半島から稲作が伝来した弥生時代には米の酒がつくられていたと推測されている。この時代は映画『君の名は。』でも登場していた口かみ酒であっただろう。その後、徐々に醸造技術が発達し、奈良時代には朝廷に捧げる酒を本格的につくる、造酒司という役所が設けられた。平安時代になると寺院や神社、民間でも酒をつくっていたというが、今回ご紹介する「みむろ杉 木桶菩提酛」はその日本酒の起源に大きくかかわりをもつ酒である。
まず生産の舞台は日本の清酒づくりの発祥の地といわれる奈良県。しかも日本最古の神社であり、酒の神として信仰されている大神神社のある三輪だ。古来より「うま酒みむろ山」と称される三輪山をご神体にいただくこの地には多くの酒蔵があったが、現存しているのはこの酒を醸している今西酒造だけだという。創業1660年という歴史のある酒蔵で、第14代当主が不振だった経営を再建する物語は面白いのだが、字数の都合上またの機会に譲るとして。
「この酒が素晴らしいのは木桶で菩提酛という日本酒の起源にかかわるつくりにこだわっている点です」と語るのは「麻布十番 すぎ乃」(東京)のオーナーである杉野公一。通常ホウロウやステンレスタンクで仕込む酒を木桶で仕込むのが“ 木桶 ”であろうが、菩提酛とは?
「15世紀から行われ、奈良県の菩提山正暦寺で確立されたと伝わる伝統的な酒母づくりの手法です。そやし水と言われる乳酸酸性水を酒母の仕込みに用いるのですが、現代の一般的な速醸と違って手間も時間もかかります」
いわば本来の製法に回帰した超自然派の日本酒ともいえるだろう。さて、その味わいは……まずはなめらかな飲み口ですっきりとキレも良いが、そやし水由来の力強さと厚み、そして木桶に棲みつく微生物が生み出す複雑味など、さまざまな要素が醸す絶妙な調和に思わず息を飲む。何事も簡略化され、スピーディで分かりやすいことが良しとされる時代ではあるが、時に立ち止まり、悠久の時の流れに身をまかせたい──そんな時に一献傾けたくなる酒だ。
みむろ杉 木桶菩提酛
容量|720ml
酒米|奈良県産山田錦
価格|5500円(参考小売価格)
問い合わせ|今西酒造 https://imanishisyuzou.com/