教育

2024.04.10 13:30

人間関係力 5つの力

筆者が、若き日に、大学院で研究者としての修行をしていた時代、ある教授の名講義を楽しみに受講していた。

その教授の講義は、難しい専門分野の知識を、冗談を交えながら分かりやすく教える講義であった。その楽しい講義の最中、この教授は、しばしば講義から脱線し、人生訓を語ることがあったが、あるとき、和やかな雰囲気ながらも、こう語った。

「君たち、こんな専門知識を学んでも、実社会では何の役にも立たないぞ。実社会に出たら、人間関係がすべてだぞ」

その言葉を聞いて、当時の若く未熟な筆者は、その意味を軽く受け止め、「たしかにそうかもしれませんが、先生、講義を続けてください」と思った。

しかし、それから何年かして、実社会に出たとき、この言葉が重い真実であることを学んだ。

そして、その後40年余り、実業界でマネジメントと経営の道を歩み、多くの人材を見てきたが、たしかに、教授の言葉通り、実社会で「仕事の壁」や「成長の壁」に突き当たる人材は、例外無くと言って良いほど、「人間関係力」の乏しい人材であった。

では、そもそも「人間関係力」とは何か。

もとより、そのことを論じると、何冊もの本が書けるが、ここでは、筆者の体験的な考えとして、「5つの人間関係力」を述べておこう。筆者は、次の「5つの力」を身につけることが、人間関係力を高めていくために不可欠であると考えている。

第1は「正対コミュニケーション力」。これは、相手の心に「正対」して対話をすることができる力である。人間関係がおかしくなるのは、実は、「どうせあの人は」という形で、偏見や決めつけで相手を見るときである。だが、偏見や先入観を持たず、虚心に相手の心に正対して向き合うとき、不思議なほど、人間関係は改善していく。

第2は「非言語コミュニケーション力」。これは、相手の「無言の声」に耳を傾けることができる力である。誰の心の中にも、言葉で語らない隠れた「本音」や「本心」があるが、その表情や眼差し、仕草の奥にある「声なき声」に心を向ける細やかさがあれば、人間関係は、必ず良き方向に向かう。

第3は「課題アクセプタンス力」。これは、目の前の問題を、自分の成長の課題として「引き受ける」ことができる力である。逆に言えば、起こった問題を常に他人の責任(他責)にする人は、成長もできず、多くの場合、周囲との人間関係を損ねていく。

第4は「和解アクション力」。これは、心が離れてしまった相手とも、自分から心を開いて「和解」することができる力である。真の人間関係力とは、決して人とぶつからない力ではない。たとえぶつかっても、しなやかな心で和解できる力である。もとより、自分から心を開き、声をかけることは容易ではないが、これができたとき、以前よりも相手との関係が深まっていることは、しばしばある。
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文=田坂広志

この記事は 「Forbes JAPAN 2024年5月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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田坂広志の「深き思索、静かな気づき」

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