英ケンブリッジ大学の地球宇宙化学者のポール・リマーとオリバー・ショートルの研究チームは、MDPI発行の専門誌Lifeに投稿した論文の中で、黒鉛が前生物化学(生命の材料を非生物的に合成する化学反応)への道を開く可能性があることを示す実験室シミュレーションについて詳細に説明している。前生物化学とは、「生命」と呼ばれる謎の「X因子」の発現を可能にする基本的な化学反応だ。
初期の地球には、有機タール(さまざまな有機化合物の混合物)が大量に存在したと思われ、このタールの加熱によって、生命の構成要素となる分子が生成される可能性が高いことが、今回の最新モデルで明らかになったと、リマーは電話取材に語った。
論文では、地球誕生から最初の5億年間にさかのぼる冥王代の仮想的な地表噴気口を用いて、タールの加熱メカニズムをモデル化した。
「今回の研究では、黒鉛を多量に含む地殻を通過する、高温のマグマ由来の窒素に富む火山ガスが供給される地表噴出孔をモデル化している」と、論文に記されている。モデルで想定した冥王代の地球は、表面気圧が現在の大気の100倍で、気温は1700度に達していたと、研究チームは指摘している。これは、キッチンオーブンの8倍ほどの温度だ。
リマーによると、タールは、巨大天体衝突に加えて、光化学と大気のレインアウト(降水の生成過程で大気中物質が取り込まれる作用)の結果として生成される。タールは最終的に地殻に行き着き、マグマによって加熱されるという。
巨大天体衝突が重大な影響を及ぼした
約43億年前、月とほぼ同じ大きさの、鉄に富む天体が地球に衝突した可能性が高いと、論文で指摘されている。これに先立つ約2億年前には、火星サイズの天体が衝突し、その過程で月が形成された。この衝突により、地球最初期の表面の化学物質分布が再配置された結果、今日の人類が金などの貴金属やレアメタルを入手できるようになった。この2億年後に衝突した天体に含まれていた鉄が海水と反応し、大量の水素を生成したと見られると、論文に記されている。衝突後の高温の大気中で、水素が二酸化炭素や窒素と反応し、メタンやアンモニアが生成されたと考えられる。
これらの化合物が雨に取り込まれて降り注ぎ、高濃度のタールが地表に蓄積されると、その一部がマグマによって加熱されたと、リマーは説明する。加熱によってタールは分解され、大部分が黒鉛に変化し、残りは水素、窒素、一酸化炭素、ニトリルなどのガスになったという。