「文化・社会・経済・自然」をつなぐファッション
倉田:ヴァージル・アブローが変革を起こせた背景には、構造を理解したうえで、消費者のニーズに寄り添いながらブランドのかじ取りをする人材だったことがあります。加えて、建築やデザインなど他領域の人々とコミュニケーションできる知性と能力によってファッションを拡張しました。後任のファレル・ウィリアムスは自身を消費者でもあると言っています。俣野:ヴァージルのような領域を横断し、統合する存在は、文化性・社会性・経済性を両立できるという意味で、ファッションの未来に欠かせない人材です。サプライチェーンのアップデートなどに関して、海外では、セントラル・セント・マーチンズがサステナビリティの領域でLVMHモエヘネシー・ルイヴィトンと連携していますね。
倉田:もうひとつ人材育成の例として、22年に名門校、アントワープ王立芸術アカデミーのファッション学科の新クリエイティブ・ディレクターに、29歳のファッションデザイナー兼パフォーマンスアーティストのブランドン・ウェンが就任したのも大きいニュースでした。
蘆田:ブランドンを迎えた人事は、アントワープのリスタートのように感じます。学生の多くが、メゾン・マルジェラが席巻した90年代のタイムラインを大きな物語として信仰しすぎるあまり、教授陣はファッションの可能性が閉じていく危機を感じたのでしょう。
実際に卒業生のデザイナーは、ブランドを立ち上げてパリコレでデビューできても、その後のデザイナー人生が長く続かなかった人は少なくありません。クリエイティブの教育環境や労働環境にも、サステナブル重視の傾向が読み取れます。
倉田:ファッションの未来を広げるためには、これだけ情報過多な社会において、ファッション以外の分野からも接続できる可能性をつくる必要があります。その例として、韓国のソフトパワーの循環は参考になります。
例えば、韓国の人気アイドルグループのBLACKPINKやNewJeansのMV(ミュージックビデオ)における衣装は、ラグジュアリーブランドに自国を含めた世界中のインディペンデントブランドをミックスし、ブランドの認知度向上に一役買っています。しかも、ファッション的にも完成度が高く、ファン以外の人たちも魅了することで、スタイリストの力が証明されています。アイドルに限らず、影響力を持っている媒体とファッションが手を取り合い、クリエイティブに拡張すべきだと思います。
俣野:また昨今は、自己表現としてファッションを楽しむ流れが強まり、消費者がインフルエンサーとなって提供する側に回るケースも増えてきました。もはや生産者と消費者は「対」の関係ではなく、ふたつの立場が交ざるような局面があるので、そこにも注目しながらファッションの未来を考えていく必要を感じます。
川崎:皆さんのお話から、文化、社会、経済、自然などにかかわる多くの21世紀的問題をとらえるインターフェースとして、ファッションが果たせる役割があると強く感じました。「人新世」においては、モノを大量生産するビジネス自体の存在意義が問い直されています。しかし、私たちは衣服を着ることなしには地球に住まうことすらできません。
自然や文化、生産や消費の間に存在する二元論を乗り越え、衣生活を持続可能にするためには、多様な専門家や消費者、技術や自然を調停するファシリテーターが必要であると。課題のフロントラインに立つファッションを考えることは、未来のビジネスを見通す一助になるのではないか。そんな希望と共に座談会を終えられればと思います。
KEYWORDS|ヴァージル・アブロー
カニエ・ウェストのクリエイティブ・ディレクターで、2014年にブランド「オフ-ホワイトc/oヴァージル・アブロー」を立ち上げ、2018年LOUIS VUITTONのメンズ・アーティスティック・ディレクターとしてファッション界に変革をもたらした。同ブランド初の黒人デザイナーとして注目も集めた。2021年11月に41歳でこの世を去った。
KEYWORDS|ブランドン・ウェン
パフォーマンスアーティスト/デザイナー。2022年9月、アントワープ王立芸術アカデミーファッション科の新クリエイティブ・ディレクターに就任。07年から率いてきたデザイナーのウォルター・ヴァン・ベイレンドンクの後任。