各都道府県医師会からの推薦をもとに毎年5人を選ぶ同大賞は、例年、医療過疎地を支えるベテラン医師の受賞が多いが、亀井さんの場合はやや異なる。医療が充実しているはずの大都市で、不足しているニーズを把握して、多職種連携の医療・介護を進めてきた手腕。そして、常に臨床の第一線で患者と向き合い、信頼関係を築く姿が、選考委員たちの共感を呼んだ。
亀井さんの取り組みから、超高齢社会に求められる医療と医療人のあり方を考えてみたい。
終末期医療の在宅ケアへ
曇り空の3月の朝。名古屋市千種区の住宅で、ベッドに横たわる男性(74)は、意識もうろうと天井を見上げていた。肺がんの終末期で、2日前に在宅酸素療法を始めたが、血中酸素濃度が上がってこない。患者の手を握って状態を確かめた亀井さんは、酸素の吸入を鼻チューブから顔マスクに変え、午後から来る訪問看護チームに点滴を指示した。夫を在宅介護してきた妻(72)は「できるなら入院させたい」と遠慮がちに訴えた。在宅でのみとりを希望しながら、最終段階で家族が自信を失い、救急搬送につながるケースは多い。
亀井さんは、話し声が夫に届かない廊下に妻を呼び、説明を始めた。もう残り時間は少ない。病院に搬送するだけでも体の負担が大きいし、みとりだけのために病院を使うのは好ましくはない。これから起きることは私たちで対応できるから一緒に頑張ろう、と。妻は迷いが吹っ切れた表情になった。「治療手段がなくなった」と病院で告げられてから、半年近く。相談するとすぐに対応してくれるチームに、信頼感を抱いているという。
この日は、同市名東区のステージ4の膵臓・肝臓がんの男性(80)宅にも出かけた。数日前に背中の激しいかゆみを訴え、皮膚科医に薬を処方してもらい落ち着いたばかりだ。患者と会話するときは、同じ目の高さになることを心掛ける亀井さん。座布団に正座して、ベッドの男性に「やっぱりおうちはいいよね」と語り掛けた。表情をやわらげた男性は、妻(75)を指さし「いろいろ文句を言えるしな」と軽口をたたいた。
「悔いのないみとりを」という使命感
平穏な日々を1日でも長く。そして悔いのないみとりを。亀井さんの強い使命感は、約20年に及んだ地方での医師生活の中で磨かれた。
もともと医療と社会のあり方に関心が深く、秋田大学医学部時代はサークルで地域の医療問題や薬害の勉強会を開いたりした。時代のトレンドは、臓器別に専門分化する方向に進んでいたが、「人や地域全体も診る医者になりたい」と医局に残らず、在宅医療に力を入れていた新潟県南魚沼市のゆきぐに大和総合病院の門をたたいた。
東大全学連のリーダーだった黒岩卓夫さんが立ち上げた病院で、院内で共有される患者情報は、病状よりも「おばあちゃんとお嫁さんの仲が悪い」といった家族関係の話題が中心。最初は戸惑ったが、生活全体を見てこそ、寄り添えるのだと学んだ。