時田:一連の人事制度改革は、社員に自らの意思で活動してもらうためのものだ。これは社員にとって厳しい面もある。私もかつてはそうだったが、上から言われたことをやればいいという働き方は非常に楽で、バツもつかない。逆にオプションを用意して自由に自分のキャリアを選ぼうといえば、悩む人もいるだろう。しかし、与えられたものをやるだけでは人は成長しない。企業の活動を支えているものは人以外になく、人の成長がなければ企業の成長もない。決して万人にハッピーな改革ではないが、社員とコミュニケーションを取って、そのことを理解してもらうことが大切だ。
人的資本経営が注目を集めているが、単純にROI(投資利益率)で評価したり、お金やものと同じようにアロケーションを考えると、人的資本経営の本質的な意味や成果にはたどり着かない。生身の人間を扱っている自覚が経営者には必要だ。
──実際に社員とどのようなコミュニケーションを取っているか。
時田:社長になった19年から年に20~30回のタウンホールミーティングを行い、ペースは今も落としていない。私の語り口は時に乱暴だ。自分ではストレートな物言いは誠実さの表れだと考えているが、不快に思う社員がいるかもしれない。それも含めて、意見や反論を受け止める場をつくって、その場から逃げないことを自分に課している。
タウンホールミーティングでは、ビジョンのなかで使った「ネットポジティブ」の意味について伝えている。富士通の取り組みがすべてポジティブな成果を出すことは現実的に難しい。1年を振り返ったときに10個ネガティブでも、11個がポジティブなら「今年は良かった」でいい。そのようにネットポジティブで考えないと挑戦が生まれない。挑戦のできないテクノロジー企業は消え去るのみだ。
──今の時代に求められるリーダーシップを、自身はどのように身につけたか。
時田:ロンドンに役員として2年間赴任したことが大きかった。私は東京生まれ東京育ちで、お客様も30年間ずっと東京だった。一方、ロンドンでは8カ国約1万4000人の社員がいて、多様性を目の当たりにした。タウンホールミーティングで社員にビジョンを語り、質問を直接受けることも初めての経験で、同じ富士通とは思えないほど驚いた。日本の外から富士通を見たことが、今のスタイルの契機になっている。
このやり方が正しいか、今も毎日不安だ。だからこそ社員の生の声を拾うことを今後も一生懸命やっていきたい。
ときた・たかひと◎富士通代表取締役社長CEO。1962年生まれ。88年、東京工業大学工学部卒業後、富士通入社。2019年6月より現職。同年10月から23年3月までCDXO(Chief DigitalTransformation Officer)を兼務。