新時代の視力矯正施術ICLが急速に注目を集めている。厚生労働省承認から13年がたち、視力矯正の安定性や手術の安全性が認知され始め、術後の生活向上の評判が広がっていることが人気の背景にあるようだ。現在世界で普及しているホールICLレンズの「生みの親」清水公也(写真左。以下、清水)と、日本のICL普及をけん引してきた「育ての親」北澤世志博(写真右。以下、北澤)のふたりにICLの展望を聞いた。
世界で普及する
日本発“独創的ICL”誕生秘話
―ICLのレンズ開発・普及に関する活動についてお教えください。清水:1990年代後半、日本でレーシックが始まり、ICLも同時期に導入されたのですが、当時のICLは手術を2回行う必要があり、術後5%ほどの人に合併症が起こりやすいという問題がありました。それを解決する手段として思いついたのがレンズの中心に穴をつくること。穴によって目のなかに循環している水分の流れをつくり、手術や装着後の安全性を高めるというものです。これは天文台にある望遠鏡の光学的なメカニズムから着想を得ました。ICLを患者さんに普及したいという一心から浮かんだアイデアでした。
2004年からこの新レンズの開発を始めましたが、「本当にレンズに穴を開けて、ちゃんと見えるのか?」といった不安や疑問を解決するために、大学の医局員とともにさまざまな検証や実験を繰り返しました。そして07年に、初めて人に手術を実施。さらに厚生労働省の承認を得るための準備を進める必要がありましたが、当時、私はちょうど厚生労働省の委員を務めており、自分の開発したものを承認すると違法になります。そのため開発を優先して委員を辞任。ICLを世の中に普及させたいという強い思いがありました。
中心に穴を開けたホールICLは07年に完成しましたが、残念ながら日本では新しい治療は拒まれる傾向にあります。そこで私はまずヨーロッパで承認を取得し、それを武器に厚生労働省に訴えようと考えました。海外で発表した途端、「私もそれを考えていた」と言い出す方がたくさん出てきましたが、「これは日本発のものだ」と強く主張。ホールICLに「KS-Aqua PORT」という名前を付けました。KSというのは私の名前。私にとっては、とにかく「日本が発信した」という事実が重要でした。
北澤:そして10年に、ついに逆輸入のようなカタチで日本の厚生労働省の承認を得ることになります。このレンズのおかげでICLの安全性が飛躍的に高まり、世界的に普及して今に至っています。清水先生の努力が実を結んだのです。
―承認から13年が経過し、今では一般の方々にもICLが選択肢となっています。どのような点が市場に受け入れられていると考えますか。
清水:一言で言うなら、術後の結果が良いから患者さんが増えたのでしょう。また、レンズが合わなければ、いつでも取り出せる可逆性は利点ですね。
北澤:私も同意見です。外科手術でありながら、何か不具合があってもレンズをはずして元に戻すことができる。それが患者さんにとって大きな安心につながっています。また、患者さんが安心して手術を受けられる執刀医の仕組みづくりを進めてきた点も重要です。
清水:まずはICL研究会をつくり執刀医のライセンス制度を設けました。眼科医になり、眼科専門医の試験を通り、そしてICLのライセンスを取得するという三段構えという厳しいものです。そして2年に一度、強制的に講習を受けることも定めました。新しいことを始めるためには、土壌もしっかり固める必要があります。
北澤:国内の眼科医約1万人に対して、ライセンスを取得しているドクターはようやく300人を超えました。ICLはドクターが手作業で目のなかにレンズを入れる手術ですから、エキスパートインストラクターのメンバーが目で見て、「内眼手術がしっかりとできる」ドクターに限ってライセンスを交付しています。患者さんも認定医であればどこでも安心してICL手術を受けることができるようになっています。
ニーズが広がるICLマーケット
―この13年間でマーケットはどのような変遷があり、現在、どのようなニーズが生まれていますか?北澤:登場した当初はスポーツ選手や芸能人など、裸眼のような生活がどうしても必要な方向けの手術でしたが、今では一般の方が増えています。また、ICLのガイドラインの改定も影響しています。私たちは日本眼科学会の屈折矯正手術ガイドラインに沿って手術をしていますが、承認から10年たった19年にICLの適用度数が6.0以上の強度近視から、3.0~6.0の中程度近視まで引き下げられました。
清水:どんな治療も薬も10年経過しなければ結果がわかりません。安全性が確認されれば適用範囲が広がっていく。ICLも10年たった時点でガイドラインが広がったということは、安全性が確立されてきたと考えていいでしょう。手術のメカニズム的にも失明は起こりえないと考えています。
北澤:適用範囲が広がったことで強度近視の方だけでなく、一般的な近視の方も手術が受けられるようになりました。ある患者さんが、「これからコンタクトは『はめる』時代ではなく『入れる』時代ですね」とおっしゃっていましたが、まさにその通り、ICLは身近になってきたように感じます。
清水:近年、日本中で大きな自然災害が発生していますが、メガネやコンタクトの利用者のなかには「いざというときに逃げられない」という不安からICL手術を受ける方もいらっしゃいます。また旅行や仕事で飛行機に頻繁に乗る方は目が乾燥するため常にメガネや予備のコンタクトレンズを持ち歩かねばなりません。そういったことから解放されるという意味でもICLは非常に合理的です。
ICLが近視矯正の主流になる未来
―おふたりが描くICLの将来展望は?北澤:将来的には間違いなくICLが近視矯正の主流になっていくと予測しています。患者さんが増えると認定医が300人では足りなくなります。執刀医や指導医を増やし、日本全国どこにいても手術が受けられるようになることが理想です。そして優れた薬や手術と同様、ICLがこの先、10年、20年とさらに普及していく未来を見たいですね。
清水:これからは近視矯正だけでなく、高齢化社会に向けて老眼の対応にも力を入れる必要があると考えています。研究開発、後進の指導という両面から、時代のニーズに沿って常に合理的な手段としてのICLの普及に努めていきたいですね。
スター・ジャパン
https://jp.discovericl.com/
しみず・きみや◎医療法人財団順和会 山王病院アイセンター(眼科)センター長、国際医療福祉大学臨床医学研究センター教授、北里大学名誉教授、日本眼科学会名誉会員、日本白内障屈折矯正手術学会名誉会員、米国眼科学会生涯会員。国内で初めてレーシックやICLなどの屈折矯正手術を導入し、Hole ICLの開発者としても知られる世界的権威。
きたざわ・よしひろ◎福井大学医学部卒。東京医科歯科大学医学部眼科 非常勤講師、東京医科大学客員講師を経て2019年、医療法人社団豊栄会「アイクリニック東京」院長に就任。日本眼科手術学会理事。ICLをはじめとする有水晶体眼内レンズ挿入術の件数は8,000件以上にのぼる。