醸造の黄酒か、蒸留の白酒か——日本にいる我々からするとそれはまるで日本酒と焼酎のようにも思え、二者は拮抗しているかのように感じるが、実際は黄酒の年間生産量208万キロリットル(内紹興酒は31万キロリットル)に対し、白酒は887万キロリットルと4倍以上の生産量を誇っている。また価格帯も比較的安価な黄酒に比して白酒は高価で高級……中国の酒市場では白酒に軍配が上がる様子だ。
現地では高級な食中酒として親しまれている白酒はウイスキー・ブランデーと並んで世界三大蒸留酒の一つにも挙げられ、近年日本でも注目されるようになってきた。そんな白酒のなかでも、ひときわラグジュアリーでもっともメジャーな銘柄として知られているのが貴州茅台酒(きしゅうまおたいしゅ)だ。これは、どんな酒なのだろうか。中国産の酒を日本に輸入している専門商社である日和商事の楊聖浩に教えを乞うた。
「酒は茅台に追いつこうとするなかれ」
——そもそも貴州茅台酒とはどんなお酒なのでしょうか?楊:1600年ごろから、中国の貴州省茅台鎮という地域で生産されている白酒です。中国では穀物を主な原料として、大麦麹、小麦麹などで糖化させ、蒸留するお酒をすべて白酒と呼ぶのですが、その中には多くの品種があり、風味もさまざまです。なかでも風味がよく、高級で、中国を代表するのが貴州茅台酒です。中国では「酒は茅台に追いつこうとするなかれ」ということわざがあるほど特別なお酒です。
——かつて周恩来首相が愛したことでも知られていますね。日中国交正常化に向けて1972年に訪中した田中角栄首相(当時)が貴州茅台酒で乾杯したことが有名ですが、その際周首相は「ウォッカも、ウイスキーもやめて、マオタイにしたらどうですか」と言ったとか。
楊:ウォッカを生産するロシア、ウイスキーを生産するアメリカより、中国と良好な関係を結びましょう、というユーモアのあるひと言ですね。茅台酒が国民的な酒として地位を得ていることがよくわかるエピソードです。ほかにも1984年に香港返還が決まったあとの英中共同声明署名後、鄧小平がサッチャー首相をもてなしたのは自身が20年間秘蔵していた貴州茅台酒でした。このように歴代の将軍などの要人、文人などの著名人が多く貴州茅台酒を愛飲したことで知られています。
——貴州茅台酒が中国でも特別だとされているのは何故なのでしょうか。
楊:それは貴州茅台酒の伝統的なつくり方と、産地である茅台鎮のテロワールによるものです。まずつくり方ですが、40日間に及ぶ麹づくりと発酵、7回の蒸溜、地面に掘った穴での発酵、9回に渡る蒸し上げなど、みなさんが想像される以上に、非常に時間と手間のかかるプロセスを今も順守しています。また、茅台鎮という土地は山に囲まれた温暖な気候で、谷間を流れる赤水河も醸造に重要な役割を果たしています。この赤水河谷は数千もの酒蔵を擁し、多くは醤香(じゃんしゃん)というタイプの白酒を製造しています。この流域で中国全土の名酒の実に6割以上を生産する、“美酒の川”なんですよ。
——その谷間を歩くだけで酔いそうですね(笑)。醤香とは濃香(のうこう)、清香(せいこう)と並んで、白酒の基本的な香りのタイプだそうですが、実際に嗅いでみると……白い花のような華やかさと麹のまろやかさを感じるような……グラスに満たしただけで部屋全体に香りが広がってまさに陶然としてきます。
楊:まず優雅で繊細な香り、さらに注意深く嗅ぐとその奥に甘い香ばしさを感じられるはずです。貴州茅台酒を注いだ酒杯は飲みほしたあとでもヴァニラと薔薇の甘く上品な香りが数日は残るほどなんですよ。
——この貴重なお酒を現地ではどんな風に楽しんでいるのですか。
楊:まずは大切な方へのギフトです。中国でお客様をもてなす宴席には貴州茅台酒が欠かせませんし、貴州茅台酒を用意しないのは失礼だと捉えられるほど。いわば、おもてなしの基本、というわけですね。
——中国でビジネスを展開する人や中華系の方をもてなす際には覚えておきたい点です。中国で宴席といえば「乾杯(かんぺい)」と言って一杯ずつ飲み干さないといけない慣習もあったかと思いますが、それは今でも残っているんですか?
楊:都市部ではだいぶ廃れてきましたが、地方ではまだ残っていますね。でも何といっても貴州茅台酒は貴重ですので、機会があれば飲み干してはいかがでしょう(笑)。とくに、15年、30年、50年と貯蔵年数が上がっていけばより希少価値が高くなり、富裕層にはコレクションしている人も多いし、投資対象ともなっています。
——飲み方はストレートがおすすめですか? ソーダで割る白(バイ)ボールも人気があるようですね。
楊:白酒は基本的には食中酒ですので、お食事と一緒に召し上がっていただくお酒です。中国料理との相性が最高ですが、和食とも合います。飲み方は自由ですので白ボールもいいのですが、貴州茅台酒ならそのままストレートで飲んでいただくのがベストかなと思います。
——2023年は銀座に茅台ビルをオープンされましたが、このスペースはどのように活用されるのでしょうか。
楊:貴州茅台酒の販売はもちろん、レストランやバーを併設し、また随時イベントを開催するなどして白酒文化を日本の方に広く知っていただく場になればと考えています。貴州茅台酒は世界66か国で販売されていますが、日本での認知度はまだ高いとは言えないので、まずは多くの方に知っていただくタッチポイントになることを期待しています。
貴州茅台酒の現在とこれから
人口14億人を超える中国にあって、圧倒的なシェアを誇る白酒はつまり、世界でも非常に多く飲まれている蒸留酒である。そしてその代表銘柄である貴州茅台酒をつくる中国法人は2017年4月に飲料メーカーとして時価総額世界最大となり、さらに2020年6月には、中国本土の上場企業で時価総額世界最大となった。2021年度の“世界で最も価値のあるブランド100”でも酒類ブランドでトップに君臨した貴州茅台酒はまさに昇龍の勢い、といった状態であるが、日本で今後どのように認知されていくであろうか。参考図書:『中国の「赤い白酒」―茅台酒の奇跡』(日本東方出版社)、『田中角栄の酒』(たる出版)