以前、トヨタ自動車の豊田章男さんに「トヨタの絶対に変わらない〝プリンシプル(経営指針)〟は何ですか?」と伺ったとき、彼はそう即答してくれました。
「現地現物主義」とは、何事も現場に行って、目で見て耳で聞いて自分で確かめてからやりなさい、ということだそうです。これは私がスパークス創業時から言っている「マクロはミクロの集積である」、つまり現場で見聞きしたミクロな情報をもとに投資しようという考え方にも通じるものがあります。
形骸化しやすいプリンシプル
一方で「お客さま第一主義」は企業経営の基本中の基本ですが、だからこそ形骸化しやすいプリンシプルでもあります。トヨタでさえ一時期、顧客に〝売れる車〟よりも、自分たちが〝売りたい車〟で世界一の生産台数を目指す「資本の論理」を優先した結果、経営不振に陥ったこともありました。
「お客さま第一主義」とは、顧客が求めるものをつくる顧客本位という意味だけではありません。よりいい車をより安く顧客のもとに届けようとすれば、その前の生産工程をムダなく効率的に動かすための工夫が生まれ、その工夫は現場で働く人たちを確実に楽にします。
それがトヨタ生産システムを支える「ジャスト・イン・タイム(必要なもの、必要な量、必要な時に供給する)」と「自働化」ということになります。
「自働化」のルーツ
「自動化」ではなく「自働化」と、〝ニンベン〟がついている点にトヨタの思想が現れています。豊田さんによると、「自ら付加価値を産むために働く」という意味だそうですが、その源流はトヨタグループの創始者である豊田佐吉翁が発明した自動織機にまで遡ります。佐吉翁が発明した自動織機が画期的だったのは、自動停止装置を組み込んだことにあります。
それまでの自動織機は、1台に1人オペレーターがついて、「糸がなくなる」「糸が切れる」という不具合にその都度対処する必要がありました。
そこで佐吉翁は糸が切れたら、その異常を自動的に検知し、新たな糸を補充する、もしくは機械を停止させる「からくり」(自動停止装置)を発明したわけです。
その結果、1人のオペレーターが5台、10台の自動織機を扱えるようになり、生産性が大幅に向上し、現在に至るトヨタ生産方式の基礎ができたと言えます。
投資の世界と異常値管理
この異常値管理の考え方は脈々と引き継がれており、トヨタのプリンシプルについて尋ねたとき、豊田さんは私にこう話してくれました。「トヨタ自動車のマネジメントとは、トヨタの見方や考え方を社員に伝えて理解してもらい、そのうえで異常値を管理してもらうということです」
異常値を管理するには、明確な基準が必要になります。
明確な基準があるから、そこから外れた場合に「何か異常が起きた」と把握できるわけです。その明確な基準がプリンシプルであり、トヨタの場合であれば、「現地現物主義」と「お客様第一主義」ということになります。
このプリンシプルによる異常値管理のマネジメントは、我々のような投資の世界においても応用できます。
投資の世界では、たった1人の社員のミステイクで会社が傾いてしまうことが往々にしてあります。
社員が勝手なことを勝手なやり方でやらないようにするためには、徹底した教育が必要で、そのために我々のプリンシプルを一人ひとりの社員に伝えることが大事になってくる。プリンシプルが明確であれば、それぞれの社員が異常値を検知し、対処することができるようになるからです。
3つの「輪」
例えばスパークスにおいては、その企業が投資するに値するか否かを判断するのに重視している3つの要素があります。それは「経営者の能力」「市場・事業の成長力」「マネタイズ・モデル(利益の泉を見つける力)」であり、我々は「3つの輪」と呼んでいます。これについてはまたどこかで詳しくお話する機会もあるかと思いますが、これなども一種のプリンシプルであると言えるかもしれません。
一人ひとりの社員がどんな仕事をしているか、社長の私がいちいちチェックすることはできないし、するべきでもないと思っていますが、「異常値」というのは社員たちの日頃のちょっとした「所作」に現れるものです。
「手紙書いてるか」で分かること
例えば、分かりやすいのは「手紙」です。我々は投資先の企業には必ず直接出向いて、いろいろと調べるわけですが、その後で必ず先方に御礼の手紙を書くように、これは昔からしつこく言っています。
それもビジネス定型文のような手紙ではなくて、自分の言葉で何がよかったのか、何が有難かったのかをちゃんと書くことが大事で、そうすることによって、先方は私たちのことを丁寧な相手だなと思ってくれます。そういう信頼を積み重ねていくことで、対等の立場で付き合ってくれるようになる。
だから僕は社員と顔を合わせたときには「ちゃんと手紙書いているか?」と聞くんです。その反応によって「ちゃんと書いてるな」「あっ、こいつサボってるな」というのがわかる。単なる礼儀作法の話ではなくて、プリンシプルに基づく基本的な「所作」ができているかの確認なんですよね。
小さなことではありますが、これも結局「マクロはミクロの集積である」という話に繋がります。