「置き配」を生んだアマゾン ロビイスト─その極秘任務、政界との交接点

『テックラッシュ戦記 Amazonロビイストが日本を動かした方法』(渡辺弘美著、中央公論新社刊)

ネットで買い物をしたことがあれば、ほぼ例外なく、自宅の玄関先などに「置かれた」荷物を受け取った経験があるはずだ。

だが、今や一般的になったその「置き配」が現在の物流システムに導入され、定着していった裏に、当時アマゾンのロビイストだった渡辺弘美という人物の存在があったことを知っている人は、多くない。

渡辺氏は物流政策上、省エネルギー政策上の観点から、宅配便の再配達率削減は政府にとっても重要課題だったことを活用して国土交通省と経済産業省を味方につけ、「置き配」の法令規定を提案、実現したのだ。

その氏の自著『テックラッシュ戦記 Amazonロビイストが日本を動かした方法』(中央公論新社刊)は、上のほかにも「アンチ巨大IT」の逆風下、国の岩盤規制を打ち砕き、ビジネスを拡大するという重要業務を担った社員ロビイストとしての経験がつぶさに記された書籍だ。

ここでは同書第4章「岩盤を打ち砕く戦術と哲学」より、以下一部再編集の上、転載して紹介する。


「業界が汗をかいている」を見せろ?


検討会(「デジタル・プラットフォーム企業が介在する消費者取引における環境整備等に関する検討会」)ではDPF(デジタルプラットフォーム)事業者に対する注文が各委員から次々に提起された。

それ自体は健全なことなので良い。だが、私は政府がDPFとともに協力して取り組むべき課題もあるのではないかと申し上げた。例えば、DPF事業者が税関と協力して疑わしい貨物を輸入しようとしている販売者を特定したり、行政が認知した悪質出品者の情報をDPF事業者と共有してDPFから排除したり、DPF事業者から捜査当局に情報提供することで悪質な出品者の検挙を行ったり、あるいは国境を越えて外国の捜査機関と連携したり、といったことも考えられる。

不正レビューなどは、最近は手口が非常に巧妙化していて、どれが不正なレビューなのか、誰が不正レビューを行っているのか特定するのが極めて難しい。実際に書き込んでいるレビュワーだけでなく、代行業者やコンサル、不正レビューを依頼している出品者に対して法的責任を追及しやすい環境を整備し、徹底的に行政庁が摘発し罪に問うことで、社会的に抑止していく必要があろう。

このような新たな取組はDPF事業者だけが努力しても実現できないことなので、検討会の場で政府が関わる課題についても取り上げるべきであると申し上げた。2019年月にスタートした検討会も7回の検討を重ね、2020年7月に入り開催された会合において報告書骨子・検討の方向性(案)という箇条書きで記された資料が用意された。これまでの主張が一定程度反映されている内容になってはいるが、「デジタル・プラットフォームでの紛争を予防・解決するため一定のルールを整備・明確化」となっており、消費者庁の新法制定への意気込みが感じられた。

DPF事業者を担当する経済産業省の担当局長や課長にも相談したところ、首相官邸との関係でも、消費者庁長官の法案提出の意気込みは本気であろうこと、DPFを健全に運営している事業者の足かせとなる法案になることを避けたいのであれば、業界が汗をかいているという姿勢を見せる必要があるであろうという助言を受けた。

また、検討会の事務局である消費者庁が、経済財政運営と改革の基本方針2020(いわゆる骨太方針)に新法制定についての文言を入れ込もうとしており、そのための根回しとして、先のアマゾンサイト上で販売していた悪質な13の通信販売業者の事例をも使用しながら、自民党の消費者問題調査会の主要幹部に根回ししているという情報にも接していた。消費者庁から情報提供があったのかどうかは確認できていないが、NHKの番組「クローズアップ現代」においても、アマゾンサイト上の問題が詳細に取材されて、取り上げられていた。

メルカリ、ヤフー、楽天と手を組む

一方、検討会のほうでは、報告書骨子・検討の方向性(案)が文章化され、論点整理(案)という形で配布され、「年内を目途に、ルール・環境整備として更に詳細な枠組みについて検討する必要がある」と記載されていた。

早速、アジアインターネット日本連盟だけでなくその他の関係団体との連名で、DPF事業者による自主的取組を促進するという観点から慎重に検討すべき問題である旨、経済財政諮問会議の長たる内閣総理大臣、担当大臣である経済再生担当大臣、そして消費者担当大臣に要望書を提出した。並行して、消費者庁の担当課長にも直接感触を探りに行ったが、新法制定に向けての消費者庁長官の意思は固いようで、むしろ業界の自主的な取組と歩調のあるような法律にすることで、事実上、副作用の少ない法律案になるようにもっていったほうが良いと確信した。

加えて、消費者庁がアマゾンの事例を引き合いに出しながら、自民党議員に新法の必要性を説いて回っていた。私はアマゾンの事例に関しては、本人確認のさらなる強化に取り組んでいるという事実を関係議員に説明して回ったが、新法に関する今後の対国会議員のロビー活動については内資系企業に前面に出てもらって活動したほうが良いと思った。

この問題に関しては、私はアマゾンジャパンの社員としてではなく、アジアインターネット日本連盟の名の下に検討会の場で発言したり、自民党の関係議員に面会したりしていたが、所詮アマゾ ンの社員であり、いわば「面が割れて」いる。私が自らロビー活動をしてどんな話をしたところで、アマゾンサイト上の問題が耳に入っている国会議員からすれば、言い訳じみて聞こえるだけである。私だけがロビー活動するのではなく、日本のユニコーン企業にも声を上げてもらったほうが対国会議員対策上は効果的と考えた。

早速、業界が汗をかいている姿勢を見せるために、本件でよく連絡を取り合っていた内資系企業に声をかけ、新たな業界団体を設置することを提案した。これにより、消費者庁や検討会の委員に対してオンラインマーケットプレイス事業者が自主的に取り組んでいるという明確な姿勢を打ち出そうと考えた。

DPFの中でもオンラインマーケットプレイスに特化し たのは、検討会での多くの議論がそこを念頭に置いたものだったからである。主要な内資系企業3社と団体設立について相談を行い、話がまとまるかどうか不安な局面はあったものの、 最終的には同じテーブルにつくことで話がまとまった。早速関係者で相談し、この業界団体は各オンラインマーケットプレイス企業の自主的取組について情報交換することで相互に学びあい、また、消費者が安全・安心の見地から適切なオンラインマーケットプレイスを選択できる材料として各企業の自主的な取組を積極的に外部に提供していくことを目的にすべきとした。 

株式会社メルカリ、ヤフー株式会社(当時)、楽天株式会社に加えてアマゾンジャパン合同会社が設立時の会員となる形で、8月24日にオンラインマーケットプレイス協議会(JOMC:Japan Online Marketplaces Consortium)を設立することができた。事務局は一般社団法 人ECネットワークが引き受けてくれた。

今回の事の発端の一つとして、アマゾンサイトにおける通信販売事業者問題があったにもかかわらず、新団体設立を言い出した私の提案に同業他社の方々が賛同してくれたことには感謝をしている。場合によっては、内資系企業連合を組まれても仕方のないような状況であった。インターネットビジネスを行っている企業は、他の伝統的な製造業や許認可業種と異なり、政策のアジェンダによって是々非々で連携したりしなかったりということが頻繁に起きているが、必要なときにスピード感をもって他社と相談できるかどうかは、人と人との信頼の度合いに左右される面が大きいと感じている。




渡辺 弘美(わたなべ・ひろよし)◎福岡県出身。東京工業大学物理学科卒業後、1987年通商産業省(現・経済産業省)に入省し長年にわたりIT政策に従事。2004年から3年間日本貿易振興機構(ジェトロ)及び情報処理推進機構(IPA)ニューヨークセンターでIT分野の調査を担当。当時、インターネット、ITサービス、セキュリティ分野などの動向を毎月まとめた「ニューヨークだより」を発信し、日経ビジネスオンラインで「渡辺弘美のIT時評」を連載。2008年にアマゾンジャパン株式会社(現・アマゾンジャパン合同会社)に転身し、15年間にわたり日本における公共政策の責任者を務め、世界中のAmazonで最古参のロビイストとなる。国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)客員研究員。

『テックラッシュ戦記 Amazonロビイストが日本を動かした方法』(渡辺弘美著、中央公論新社刊)

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