家業の宝を生かした出島型のスタートアップ、医師を続けながら家業を継いだ二刀流経営、売上の規模拡大が目的ではないM&A、自社だけでなく地域とともに発展を目指す組織変革──これらの事例にはこれからの会社存続のヒントが散りばめられている。(発売情報はこちら)
アスター|家業×出島戦略で世界の課題解決へ
レンガなどの外壁に塗料を塗るだけで建物の耐震性が高められる耐震塗料。自社の実証実験では、震度7の揺れでも崩れなかった。英国営放送BBCに取り上げられ、高い技術力が世界で注目を集めた。開発した東京大学発スタートアップ「Aster」CEOの鈴木正臣は、静岡県沼津市の建物改修専門メーカー「エスジー」の2代目だ。しがらみが多く、事業転換やスケールが難しい。中小企業の跡継ぎはそんな悩みを抱えがちだが、鈴木は「地震犠牲者ゼロ」を掲げ、家業から発展した日本発の技術を世界の防災に役立てようとしている。鈴木の父が1989年にエスジーの前身となる会社を設立。足場を組まない低コストの外壁塗装工法など、ユニークな技術開発で建物改修を手がけてきた。そこで生まれたのがAsterの耐震塗料のもととなったコンクリートの補強材「SG-2000」だ。鉄の10倍の強度にもなるガラス繊維が塗料に混ぜ合わされ、塗るだけで建物の強度を増すことができる。エスジーでは研究開発に携わり、2014年に社長就任。大学や企業らが連なる防災研究会に入ったのを機に、耐震塗料の可能性を探るようになった。東大の地震工学の専門学者らと改良を重ね、19年にAsterを起業した。同時にエスジーの社長を退き、今は役員としてかかわる。
起業に踏み切ったのは「スピードとスケール」を重視したからだ。16年にイタリア中部地震の発生直後に現地調査に入り、多くの人が崩れた建物の生き埋めになっているのを目の当たりにした。日本とは違い、レンガや石を積み上げて作られた建物が多く、耐震性が低いことに衝撃を受けた。「これは世界的に大事な問題。中途半端にしたくなかった。最短で事業を広げるにはスタートアップしかないと思った」。
JICAや研究機関らと組んで、実証実験などを展開。フィリピンでは日系企業とタッグを組み、大型受注による収益化を見込む。鈴木は「今のままだと日本の産業は沈没してしまうという危機感をもっている人は少なくない。そんな閉塞感にモヤモヤしている跡継ぎは多い。海外に目をやれば、世界にスケールできる技術や人材を生かせるポテンシャルはあると思います」と語る。鈴木のように家業の宝を生かし、本体から切り離した「出島型」組織でイノベーションを起こす事例が広がりつつある。
鈴木正臣◎静岡県の建物改修専門メーカー、エスジーの創業者である実父の体調不良に伴い、米国への留学半ばで帰国、家業を継承。ブロックや石などを積み上げてつくる建物に耐震性を付加できる、世界初の耐震塗料を開発・製造するAsterを起業。「建物倒壊による地震犠牲者ゼロ」をミッションに掲げ、国内外で高い評価を得る。