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2015.07.21 20:13

徳川時代からの伝統、日本の「安定配当経済」は変え時だ

akiyoko49 / Bigstock


業績が良くても悪くても配当は変わらない確定リターンは日本の伝統ともいえる。
リスクをとる感覚を鈍らせ、投資感覚を失わせる安定配当にメスを入れる時期が来た。


「去年は○○%の増益だったようですが、配当は増やしていないですよね。それはなぜですか?」。ここ1年ほど、何度も日本企業で聞いてきた。

これに対していちばん多かった回答は「まあ、安定配当ということで......」という趣旨のものだ。

多くの会社がこう答えるということは、この回答で質問者が納得すると思っていることのあらわれだ。私は金髪でアングロサクソンの資本家なので、本来であれば増配でないことに納得しないことを懸念しそうなものだ。だが、私が日本語でこの質問をし、また、明らかに日本株に詳しいことから、安定配当に特に解説を加えなくとも、当たり前のようにすんなり受け入れると考えたのだろう。

つまり、多くの日本企業は、安定配当について、事情を説明するまでもないことだと考えているのだ。

2015年の会社法改正には、社外取締役を置かない場合など「従わない場合の説明責任」の盛り込まれた条項がいくつかある。自己分析(反省とも言い換えられる)と説明は、アベノミクスの2大目玉で、こうした分析や説明に耐えられないものは、日本経済から切り捨てるか、説明可能なものに変えるかしなければならないという概念が込められている。タブーというのは言い方が悪いかもしれないが、少なくとも経済の領域において安倍晋三政権は農協解体など、タブーとされてきた問題についても例外をなくし、 議論の俎上に載せようとしている。

このことを念頭において、安定配当とは何かを説明し、それが良いものなのか悪いものなのかを検討してみる。

「反復的確定リターン」はもう古い

 表のデータを見ていただきたい。配当額の変動の少ない(配当性向ではなく円ベース)企業群は、TOPIX全体と比べて継続的に株主資本利益率(R O E)が低いことが、はっきりとわかる。

まずは過去5年間(15年3月まで)について分析してみることにした。約半分がアベノミクス以前、もう半分がアベノミクス中で、11年の東日本大震災とそこからの復興も含まれている期間である。そしてTOPIXの企業を配当変動でランキングして、下位10%を安定配当群とした。すると、安定配当群は過去5年間のROEが平均して3.98%となり、これに対してTOPIX全体は6.65%となった。つまり、安定配当群はTOPIX企業全体の60%の利益しかあげていないということになる。

しかし、これだけで結論を出すのでは 安定配当群に不当かもしれないことに思い至った。世界的な金融危機に見舞われた05年から10年にかけてはTOPIXよりも高利益をあげていたかもしれない。

しかし、残念ながらそのような結果は出ず、安定配当株はこの期間においてもTOPIX全体よりも低利益だったことがわかった。しかし、10~15 期のTOPIX比60%に比べると少々好成績の70%であったことは書き添えておこう。

というわけで、残念ながらROEベースで見ると、安定配当銘柄は他の銘柄に比べて世界的経済危機の有無を問わずパフォーマンスが悪いという結論を導かざるをえない。また、アベノミクス期に入ってからはさらにTOPIX全体に比べて見劣りするようになっている。

にもかかわらず、なぜ日本企業は説明もなく安定配当という概念が受け入れられると思っているのだろうか。

反復的確定リターンという日本的な概念の始まりは平安時代にまで遡るのだが、 これが最も顕著となったのは徳川期に「石高」の概念が浸透した頃だろう。石高はゼロサムで当時の日本経済の富を分け与えるために使われた概念である。

1945年以降になると、安定配当が徳川期の石高に近いものとして登場した。実際の企業業績に全く関係なく、ステークホルダーに毎年決まった金額の報酬を出す仕組みである。しかし、これによっていくつかの問題が生じることになる。

安定配当の受け取り手は、自らが「投資している」企業の本当の収益力への関心が低くなる傾向があるのだ。そして、投資家の目的が毎年決まった額を受け取ることになれば、企業側もまた安定配当を重視するようになってしまうのである。

安定配当を重視すれば、企業は利益や未来への投資、ダイナミズムを犠牲に してでも安定配当を優先しがちになる。しかし、安定配当は攻めではなく、守りでしかない。「石高の時代」の鎖国と同じで、無成長経済に陥る。

一方で、株主たちもおしゃぶりで口をふさがれた赤ちゃんのように、毎年決まった金額を受け取ることで、配当を払い続ける企業の経営力の低さに目をつぶってしまう。抗生剤を巡るジレンマに似ているかもしれない。ミクロのレベルでは有効に感じらえても、マクロのレベルでは有害なのだ。

失敗を恐れて安定配当に逃げる

 安定配当は、失敗への恐れとも関係している。日本で減配がアメリカの株式市場以上にマイナスに捉えられるわけではないのだが、日本の経営陣からするとそれは恥であり、気分の悪いものなのかもしれない。それで、日本企業は(その延長線上で株主は)パフォーマンスの評価を免れるために安定配当を利用してしまう。そして、多くの場合、これが企業の 業績をさらに悪化させることになる。

ある意味、安定配当の問題は12年までの日本経済の縮図のようなものだ。労働者側は、自社の業績が悪くても、自分たちが責任をとるわけではないから、昔ながらの経営モデルに不満の声を上げることもなかった。株を持ち合う会社同士も(統計的に見ても、安定配当企業は持ち合い比率が高い)、持ち合いを理由とした取引がある上に、毎年同じだけのキャッシュを受け取ることができているので、当然不満を持つこともない。そしてこの経営モデルが、あまりに幅広く受け入れられていたため、第三者である投資家が積極的に疑問を呈することもなかったのである。少なくとも、つい最近までは。

今、安倍政権は定期昇給や年功序列による報酬体系を変えようとしている。これと同時に、他の「ステークホルダー」の報酬である安定配当にもメスを入れる時が来ている。

デービッド・スノーディ = 文 徳田令子/アシーマ = 翻訳

この記事は 「Forbes JAPAN No.13 2015年8月号(2015/06/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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