アート

2024.03.10 15:00

文化は巡るから面白い 「美術館のイノベーション」を目撃せよ

Forbes JAPAN編集部

田中正之|国立西洋美術館長

国からの運営交付金が必ずしも潤沢ではないなか、国立西洋美術館のあり方もまた岐路に立たされている。存続し、かつ有意義な活動をしていくためには、「運営」から「経営」へ本格的に舵を切る必要がある。その指揮をとる田中正之館長が語ることとは。


日本に西洋美術専門の国立美術館がある意味とは、いったい何なのだろうか。美術館はどのような社会的責任があり、どのような社会的効果をもたらすべきなのか。2021年の館長就任以来、私自身が自問してきたこの問いは、設立65年目を迎えた国立西洋美術館にとって避けて通れない、根源的な問いでもある。

公共機関は行政からの予算があり、それをどう使うかという「運営」になりがちであるが、美術館、博物館が自ら資金を集め、経済性と社会的役割を両立する「経営」へのシフトが求められている。例えば、国立科学博物館がクラウドファンディングで約9.2億円の支援を集め、大きなニュースとなったのは記憶に新しい。公共の美術館、博物館の資金繰りに社会的関心が寄せられたことは、変革を進める当美術館にとっても追い風となった。

国立西洋美術館では2023年、川崎重工業と初のオフィシャルパートナー契約を締結した。これにより、原則毎月第2日曜日を「Kawasaki Free Sunday」として常設展を無料で一般公開している。また、「にぎやかサタデー」といったプログラムを開始し、人々のウェルビーイング促進に寄与できるよう努めている。経済性を向上させつつ、企業と連携しながら社会に貢献できる仕組みをつくれたことは、美術館の経営を進めるうえでの大きな一歩だ。

美術においては「(このアートが)わかる、わからない」といった議論を耳にすることがあるが、一体どうなった段階で「わかった」といえるのか。本来、美術の鑑賞は「正しいか」や「良いかどうか」ではなく、もっと自由でいいはずだ。クイズのように答えがひとつなわけではない。面白いかどうか、心に響くものがあるかどうか。

美術館の権威性がそうした見方をしにくくしているのであれば、もっと気軽に訪れ、会話をしながら鑑賞できるような設計をする必要がある。そう考えて実施したのが「にぎやかサタデー」だ。「美術館は静かにしなくてはならないから緊張する」「小さな子ども、障がいのある家族を連れていきにくい」そんな方でも気兼ねすることなく楽しめる日だ。ポスト資本主義の時代は「共生」がキーワードであり、こうした「誰一人取り残さない」インクルーシブな視点はより重要になっていく。

もうひとつ、コロナを経てウェルビーイングが注目を集めたが、美術館はその点に大きな存在意義をもつことが世界的に再認識された。例えば英国で行われた調査によれば、月1回美術館を訪れる人は、そうでない人よりも自分の人生に対する肯定感が高いというデータもある。では、ウェルビーイングに貢献するために当館でどんな取り組みをすればいいのか、その資金をどうするのか、経営という意味でその両面を考えていきたい。
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文=鶴岡優子

この記事は 「Forbes JAPAN 2024年4月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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