東京、新大久保。この街の名を聞いて、コリアンタウンや韓流ブームをイメージする人も少なくないだろう。しかし、現実は少し異なる。東京の中でも一二を争うほどに「多国籍化」が進む街。これが、この街の「リアル」だ。
メジャーがなく、マイノリティの集合体。そんな言い方もできるかもしれない新大久保に、週末限定オープン・完全予約制の本屋がある。店名は、「loneliness books」。なぜ本屋を作ったのか。なぜ予約制なのか。一体なぜ、新大久保なのか。「loneliness」とは誰が抱える孤独なのか。──次々に浮かんでくる疑問を投げかけた先に見えてきたのは、自らに正直に、働き方も生きる場所も選びとってきた、店主・潟見陽さんの生き方。そして他者との共存を実現する新しい街の在り方だった。
週末限定、2時間予約制の本屋
カラフルな看板が賑やかに街を飾り、観光客が道路に溢れる表通りを一本入れば、突如昔ながらの住宅地が広がる。新大久保・大久保エリアは、二面性をもつ街だ。「loneliness books」はそんな住宅街に佇むマンションの一室にある。玄関の扉を開けばそこは、一歩踏み入れるまでもなく目の前から「本棚」。廊下の壁に、床から天井までところ狭しと、しかしきっちりと美しく本がディスプレイされている。予約者は一回の予約につき2時間滞在できるため(予約は無料)、これらの本を自分のペースでゆっくりソファに座ったりしながら楽しむことができる。
店主である潟見さんは、グラフィックデザイナー。職場でもある自宅を、週末だけ本屋として開放している。クィア、ジェンダー、移民などのジャンルを中心に、社会で「マイノリティ」として扱われ孤独を抱えてしまいやすい人たちに向けた本をセレクトしている。ZINEも豊富で、韓国や台湾をはじめアジア諸国のラインナップが多いのも特徴だ。
本は身近だったけど、たくさん読んできたわけじゃなくて、と話す潟見さん。きっかけは、韓国の絵本だった。たまたまテレビで絵本の専門家が「今世界で一番絵本が面白いのは韓国」と話すのを聞いて興味をもった。その後旅行で韓国にいき、現地で本屋を見て回ったことをきっかけに面白さに目覚める。元々インディペンデントなものが好きだったこともあり、作家性が強くバリエーションに富みパワーが溢れている韓国の絵本やZINEはまさに好みだった。
「メジャーはとにかく好きじゃない。インディペンデントなものが好きなんですよ。『インディペンデント』の定義は難しいですけど。みんなで群れるとか、みんなが好きとか、みんなが群がるみたいなのが、昔から拒否反応があって……少人数が好き。そこはずっと通底しています。ひねくれ者だから(笑)」
『loneliness books』のきっかけは、2019年の「東京レインボープライド」(※)へのブース出店だった。
(※LGBTQをはじめとするセクシュアル・マイノリティの存在を社会に広め、「”性”と”生”の多様性」を祝福するイベント。公式HPより)
「その時はこういう(今のような)お店みたいにしようってところまでは考えてはなくて。こういう面白いもの(本など)がアジアにあるから紹介したいなって思ったんです。フェミニズム活動をやってる人やクィアのグッズを作ってる人とかと、何人かで共同出店して。自分も楽しかったし、来た人たちにも好評で、じゃあこれを続けてやっていきたいなあと」
日本や韓国でイベントがあれば出店して、というスタイルを続ける中で、在庫を抱えることも出てきた。そこでオンラインサイトを立ち上げ、そのうち友人のアドバイスを受けて自宅を限定的に本屋として開放することをスタートする。予約制にしているのは、プライベート空間でもあるからだ。
「loneliness」を抱えて「independent」に生きる
なぜ「loneliness」なのか。この理由を知るには、潟見さんのこれまでを紐解く必要がありそうだ。
潟見さんの出身地は京都。高校まではハンドボールに没頭する日々を送り、卒業と同時に「大人になりたくなかった」と、バイトをしながらハンドボールを続ける日々にシフトした。20代半ばから始めた映画館バイトで、映画ポスターに興味をもち、デザインの仕事をしたいと考える。未経験だったためデザインの職を得るならば、と東京にきた。それが2001年。そこから2年ほどインディレコードレーベルのデザイン部で働き、そうして今のフリーランスという形に至る。まさに、自身の生き方が「independent」だ。
「一人、が染み付いているっていうか、こうやって生きてきたんで、ずっと。醸し出してるみたいですよ、一人っていう感じが(笑)」
仲間がほしいとか、lonelinessから次に、という思いはあるかと尋ねたら、すぐに「それはもちろんありますよ、いつも」と返ってきた。
「ずっとこのまま一人で孤独に、というのではなくて、別のフェーズっていうのがどこかから飛び込んできたらそれに乗ってもいいのかなって。そう、風まかせなんで、僕は」
京都から新大久保へ 街の多様性に惹かれて
そんな潟見さんが新大久保に居を構えたのは2018年。これは偶然ではない。関西にいたころ、新大久保に住んでいた友人宅を訪れる時に、街並みを見て「面白い」と思い、その時からずっと心に残っていたのだという。その当時から、新大久保はアジア色が強い独特の街だった。「20年以上前の話だから覚えてないけど……当時、ヨーロッパに友達がいたからイギリスやフランスとかに遊びに行っていたんですが、都市だといろんな人種、いろんな肌の人がいるじゃないですか。それがすごくいいなと思って。で、日本に帰ってくるとみんな似たような人ばかり。同じような人たちで固まってるっていう状況に対して、もともと拒否感が強くて……そうじゃない場所の方が落ち着く。だから、20年くらい前に新大久保を歩いている時に、直感的に『これだ!』って感じたんだと思います」
実際に、新宿区の外国人居住率の高さと新大久保の多国籍化は数値的にも明らかだ。2020年時点で、日本全体の外国人率2.2%に対し新宿区の外国人率は5倍以上となる11.1%。居住者の出身地は実に126ヵ国に及び、新宿区内に10人以下しか居住者がいない国が66ヵ国、というデータもある。なかでも、この新大久保周辺は、番地によっては外国人が40%にもなるという(※後述の参考文献より)。
新大久保エリアは、これまで幾度かにわたる韓流ブーム(2003年の「冬のソナタ」ブーム、2010年代の韓流アイドルブームなど)や社会情勢(2012年の竹島上陸など)に翻弄されてきた。現在定着しつつあるようにも見える若者向け観光地化は、2022年現在時点では健在だが、ビジネスや国際政治など諸条件によって今後どうなるかはわからない。コリアンタウンの印象が強い一方で、人口比率でいうと韓国人口は減少傾向にある。中国やベトナム、ネパール国籍を中心に、エスニック化はどんどん進んでいる。
観光地化した一角を除けば、この街では日本語を聞くことの方が少ないくらいだ。そこかしこに各国の専門食材店が軒を連ね、日本語表記がない店も多い。仕事の場であると同時に生活の場でもあるから、宗教施設も街のあちこちで見つけることができる。各国語でなされる会話の響きを耳にしながら、店ごとにふわりと漂ってくる香辛料の香りを嗅ぎ分けて街を歩けば、ここがどこの国なのか一瞬わからなくなる。「◯◯人街」という境目がなく、ベトナムの横にネパール、その横に韓国……と混じり合っているのもこの街らしい。
新大久保エリアは、すでに自国の居住者が一定数おり各国のコミュニティもある程度できているだけに、在留外国人にとって住みやすさがあるのだという。一方で先に触れたように、絶対数がいないためにコミュニティが形成されにくい国籍も多く、そうした人たちの孤立化や、言語や習慣の違いによって生まれている環境整備問題など、課題も山積みといえる。
不器用な誰かの居場所になれたら
この街で、「loneliness books」をどう育てていくのか。今後について質問を重ねると、潟見さんはこう答えてくれた。「そこ(コミュニティ)に入れない、入りづらい人が来て欲しい、っていうのがあるんですよね。例えば自分が生まれ育ったり住んでいたコミュニティから距離をとりたい、っていう理由で日本に来る人。いろんな事情がそれぞれある。(日本の)地方もそうだと思うんですよ。地方のそういうのがしんどくて、東京に来るみたいな。そういう人たちが集まってくる街にある本屋さんっていう形にしたい」
潟見さん自身も、街と距離をおきたいわけではない。
「すっと地域に馴染むのが苦手な人、でも馴染みたい、繋がりたいと思っている。そんな不器用な人が寄れるような場所。特にクィアの人は、国によっては、自分の性的指向をオープンにできるものじゃない。日本に来て、商売をする上でその国のコミュニティではうまくやっているけど、自分のセクシャリティは隠している、とか。(日本において国籍で)マイノリティなのにその上でさらに(性的)マイノリティ、みたいな……本当はそういう人がホッと一息つけるようなカフェとかができたらいい」
ただ、誰かの居場所をつくるというのは、簡単なことではない。だれかのlonelinessを解消するということはできないだろう、とも話す。自分もそういう思いを抱える一人だからこそ、その距離感の難しさは誰よりもわかっている。だから、実店舗を持ちたいという構想はあるが、その形は現時点ではまだ描き切れていない。「予約制は自分だったらハードルが高いと感じちゃうから」もっと入りやすい路面店にしたいとも思うが、表立ったところにあると入りづらいかもしれない。
「1階は誰でも来れるスペースで、2階は予約制とかね。奥の方は予約制で、外からは見えなくて自分だけのスペースでいられる。じっくり読みたい人は奥の部屋で、本スペースで本を探して奥に持って行って読むとかでもいいと思う。そういう風にできたら両方の要望を叶えられるかなあ……」
「loneliness books」では、今も不定期で有志によって映画上映会が行われている。シアタールームを併設した本屋もいいかもね、と夢は広がる。
遊びにきた人にとっては、新大久保は観光地かもしれない。だけど、ここで生まれ育った人にとっては、どんなに観光地らしさがあっても、混沌として見えても、紛れもない「ホームタウン」だ。わかりやすい「地域性」がなくても(あるいはない方が)、居場所として安心できて、他者との繋がりを育んでいける人たちもいる。今回の取材に際して、80年代より新大久保で生まれ育った日本人の方にも話を聞いたが、「ごちゃごちゃしているけど、ここが一番落ち着く。『帰ってきた』感じが強くある地元」なのだと話してくれた。潟見さんは言う。
「だからそういう場所がポツポツ、いっぱいあるといいと思うんですよね。それぞれが、ここが私がいられる場所、いろんな居場所が街にいっぱいあると、だいぶ違う。そんな、全部一人で抱えなくていいと思うんですよ」
街を見つめ、等身大に店の在り方を模索する
多様な他者と、自己と、どうやってバランスをとって共生し、連帯して新しいコミュニティを作って行けるのか。異なる価値観を受け入れ、認め合い、共存していくことの重要性が叫ばれる今、その道は開かれつつあるがまだまだ日本社会は理想のあり方をつかみかねている。新大久保も決して理想郷ではないが、この街はおそらくその現実に向き合う日本での最先端都市であり、この街の未来に、もしかしたら「模範回答」があるのかもしれない。
「一人で佇む人の小さな声が綴られた本やZINEを通して、分断が進む世界で小さな連帯を作っていけたら…。遠くから届いた本やZINEの向こうに、まだ出会っていない友達が見つかるかもしれません。」(「loneliness books」公式サイトより)
今どこかでひとり孤独を抱えて居場所を欲している誰かに対して注がれる、潟見さんの眼差し。それはかつての自分自身に対するものなのかもしれない。「誰一人取り残さない」社会をサポートする居場所の一つとして、新しい形の「loneliness books」がある未来の新大久保が、今から待ち遠しい。
参考文献
『新大久保に生きる人びとの生活史』(編著/箕曲在弘・明石書店)
『ルポ新大久保 移民最前線都市を歩く』(著/室橋裕和・辰巳出版)
loneliness books