同店は昨年10月、創業50周年記念の「50万円、特別ワインペアリング」で話題をさらった。ここではどんな夢のワインが供されたのだろうか。また、今グランメゾンで飲めるもっとも高いワインとは……。
同店を訪れ、銀座グランメゾン「100ページ」のワインリスト、最高額の1本とその驚愕の価格に続き、井黒氏に話を聞いた。
「普段のデートでぽんと開ける」!
さて、超高級ワインは、どんな方がいつ飲むのだろうか。またしても下世話な質問を浴びせかけると、夜な夜な銀座で高級ワインが開くわけではなく、「価値のわかっている人しか頼まないですね」と井黒氏。開けるタイミングも、特別なお祝いだけでなく、普段のデートなどでぽんと開けることもあるというから羨ましい話だ。「価値のわかっている」とは、「レストランで飲むメリットを理解した人」のこと。「『こういうワインは、レストランで飲んだ方がいいんだよね。自分で買うより安いし状態もいいし、何より最高の空間で飲める』。ロオジエでこうした高級ワインを嗜む富裕層の方々は、皆様そうおっしゃいます」と続ける。実際、ワインリストの価格は、市場価格からしてもはるかに安い。世界一高価な白ワインの一つであるルフレーヴの「モンラッシェ」2014年はメニューで290万円の値付けだが、「wine-searcher」のサイトを見ると、2014年の市場平均価格は340万円となっていた。
このように高級ワインをレストランで安価で出せるのは、正規輸入代理店からアロケーション(割当)をもらい、正規の価格で販売できるからだ。ルフレーヴのモンラッシェの場合、1、2樽(300~600本)という極めて希少なワインが世界中で取り合いになるため、正規のワインがお店に1本入るだけでもすごいことだ。割り当てをもらうには、毎年買い続けなければいけないため、資金力も必要になる。
そして価格以上に重要なのが、ワインの状態だろう。転売など二次市場に出されたワインは、価格が跳ね上がり高価なだけでなく、偽造品や出自がはっきりしないケースも多い。ロオジエでは、必ず本物のみを扱う正規輸入代理店からしか仕入れないため、ワインの出処もしっかりしている。メニューの下に「In anycase, we can not change the bottle by it's condition.」と書かれている通り、客の好みによる交換には対応できないが、ブショネであった場合、きちんと対応もしてくれるので安心だ。 ソムリエに直接飲み頃を相談できるのも大きい。例えばDRC「ラターシュ」の2015年と2016年で迷った場合。2015年の方が価格は10万円高いが、その利益を失っても、今飲み頃である2016年を薦めると井黒氏。
「我々はソムリエとしてのプライドを持って働いています。ワインに対しても、お客さんに対しても誠実でないといけない」と語る。「DRCの2015年はグレートヴィンテージですが、今はおすすめしません」と自信を持ってアドバイスできるかは、ソムリエの力量にかかっているのだ。
一方、ブルゴーニュ好きの頭を悩ませるのが、近年の価格高騰だ。2016年からロオジエで働く井黒氏も、ひしひしと値上がりを実感している。特にコロナ禍以降円安が進み、ジャン・イヴ・ビゾー、シルヴァン・カティアール、ジャック・フレデリック・ミュニエといったブルゴーニュの人気の造り手の価格も上がっているという。
ルロワやドーヴネなど「世界一高いワイン」ランキングに名前を連ねるカリスマ生産者のワインは、高価になりすぎたため、オンリストすらしていない。ワインの価格高騰とともにこの5年で客層も変わったと感じており、以前は「ロオジエはワインが豊富で安く飲める」という目的で来ていた客が、めっきり少なくなったという。
「日本でワインを一番売るソムリエチーム」
井黒氏率いるロオジエのソムリエチームは、ワイン業界でも一目置かれる精鋭ぞろいのソムリエ軍団だ。シェフ・ド・カーブの中村僚我氏もコンクールで頭角を現すなど、チーム力の強さを見せつけている。特筆すべきが、ロオジエ専属で勤務するソムリエ陣に加え、普段は他店で働く外部のソムリエが、週1回といったイレギュラーな勤務でチームに加わることだ。そこにはコンクール挑戦者や一流の現場で働きたい意欲ある若手ソムリエが集まる。さらに「乃木坂しん」オーナーソムリエの飛田泰秀氏や、ワインスクール「レコール・デュ・ヴァン」人気講師の太田賢一氏、人気ドラマ・グランメゾンのソムリエ役を監修した「TOYO」の成澤亨太氏などベテラン勢も即戦力として加わり、若手のサポートに回る。
こうした新しい働き方の背景には、「若手ソムリエを育てたい」という井黒氏の想いがある。高級ワインを経験しておくことはソムリエとして必要だが、その機会はますます失われている。高価なワインやペアリングを薦めるにしても、自分の言葉で説明できなければその価値は真には伝わらないし、一流の客はワイン経験値が高い方も多く、付け焼刃では通用しない。高級ワインを日々扱うロオジエでは、手が届かない高級ワインはもちろん、世界中のワインを勉強できる機会がある。
「昨今は飲食業界の人不足が叫ばれていますが、魅力的な職場には人が集まるんです。どうすれば、彼らが働きやすい・働きたいと思う職場を創るか、それをマネジメント側で考えなければならない」と力を込める。 井黒氏が目指すのは、「日本でワインを一番売るソムリエチーム」を創ることだ。
「飲食業界離れを防ぐために、まずは賃金を上げる必要がある。ソムリエだけでなくキッチンやサービス、レセプションなどを含め40~50人のロオジエチーム全員を幸せにするために僕の立場でできるのは、ワインを売ること。ワインを適正な価格で売ってより多くの利益を出せば、チームに還元できるのではないかと考えました。そのためには個人でなくチームで力を合わせることが大切なんです」と話す。
客にとっても、通常は手に入らないようなワインが、良心的な価格で最高の空間で飲めればハッピーだろう。関わる人すべてが幸せになれる場所──それがファンを惹きつけてやまないロオジエの魅力なのだ。
水上彩(みずかみ・あや)◎ワイン愛が高じて通信業界からワイン業界に転身。『日本ワイン紀行』ライターとして日本全国のワイナリーを取材するなど、ワイン専門誌や諸メディア等へ執筆。WOSA Japan(南アフリカワイン協会)のメディアマーケティング担当として、南アフリカワインのPRにも力を注ぐ。J.S.A認定ワインエキスパート。ワインの国際資格WSET最上位のLevel 4 Diploma取得。