北野唯我(以下、北野):山奥育ちのHARAさんが5歳で上京した際、井の頭恩賜公園でピエロ姿のマジシャンに出会ったと自伝小説で知りました。
HARA:3歳の娘は、父親の職業を「魔法使い」だと思っています(笑)。イリュージョニストはマジシャンより、さらに魔法使いに近いかもしれません。
マジックの場合、ショーでプロジェクターなどを使うと「インチキだ」と言われかねませんが、イリュージョンとなった途端に受け入れられる。観客が僕の描いたイメージに没入してくれるんです。
北野:日本と世界では環境が異なりますか。
HARA:欧米ではマジックやイリュージョンが芸術とされていて、週末にオシャレして家族で劇場に行く文化があります。市場規模も違います。デビッド・カッパーフィールドのような世界トップのイリュージョニストは、年数十億円を稼いでいます(年収4600万ドル=約65億円、2020年米Forbes調べ)。
北野:イリュージョニストとして「最高の仕事をした」という感覚は、どんな瞬間に訪れるでしょう。
HARA:本当に人が驚いたときは、スタンディングオベーションできずにシーンとなります。心から感動したときも、観客は余韻に浸るんです。一瞬の無音があってからバーッと総立ちになる。逆にリアクションがすぐ返ってきて盛り上がっているように見えたら、心にあまり刺さっていない。観客がいて初めて完成するのがイリュージョンですから、どれだけお客さんと息を合わせられるかが重要です。
北野:ショーのCGも自分で手がけていますか?
HARA:絵コンテは最初に描きますが、そのイメージを表現できる人を探します。「この人だ!」と思ったら、すぐアポを取って会いに行く。そうやってコラボレーションできるアーティストや演出家、作曲家のチームができました。僕がLINEのグループに動画を投稿したら、翌朝にCGが足されたり、曲が乗っていたり。昔はひとりで全部やっていましたが、今はバンドのような感覚です。
北野:まるで映画監督ですね。
HARA:監督兼役者だし、現場の安全管理者でもある。死と隣り合わせの危険もあるので、ショーでは僕の命をアシスタントたちが握っています。
イリュージョンは総合芸術だから、いろんなものを融合させてひとつの世界をつくります。人を驚かせるのは当然ですが、しゃべりもダンスも必要です。そのイメージを四六時中、寝ている間にも考えている。脳が休まらないから強制的にサウナでリセットします。大切なのは、最初のインスピレーションの種を見つけることです。
北野:何からインスピレーションを受けますか?
HARA:美しい自然ですね。紅葉が地面に舞い落ちたり、水面が夕日で金色に輝いていたり。そんな自分が美しいと思ったイメージを表現できれば、必ず世界の人は感動してくれる。自分が本当に感動したものが種にならないと、どれだけお金をかけても人は感動させられない。理詰めで考えて、大学の研究室を巻き込み開発に800万円ぐらいかけた作品にオファーが1つも来ないこともざらです。
まさに投資失敗ですが、これは事業と同じではないでしょうか。10個のイリュージョンを考えて、そのうち3つヒット、1つがホームランなら大成功です。