まず、米連邦準備制度理事会(FRB)は急ピッチで利下げを行うと想定されていたが、現在はそうした見方は後退している。また、日本銀行は近いうちに金融政策を引き締めると見込まれていたが、その公算は日に日に小さくなっている。そしてさらに、中国の人民元は日本の円を追いかけるかたちで下落すると思われていたが、そうなっていない。
これら3つはどれも非常に大きな影響を与える動きだがとくに3つ目は、アジア最大の経済大国がつまずいているだけに、じっくり検討する価値があるだろう。
あらためていうまでもなく、中国の2024年は習近平国家主席が思い描いていたようには進んでいない。中国の不動産危機はますます深刻化し、上海の株式相場は崩壊した。デフレ圧力は強まり、若者の失業率は過去最悪の水準にある。
こうした中国経済の成長を回復させるのに、元安ほど即効性のあるものはないだろう。為替レートの下落は手っ取り早く輸出を押し上げ、弱い内需を相殺するからだ。折しも円が50年ぶりの安値に下がるなか、習はお隣の国をちょっとした政治的な隠れ蓑に使うこともできそうだ。
だが、習は元安政策をとっていない。それはなぜなのか考えてみるのはおもしろい。1つには、元安になれば中国の不動産開発会社による外貨建て債務の支払いがいちだんと難しくなり、デフォルト(債務不履行)リスクが悪化してしまうという心配があるのだろう。
あるいは、米国の大統領選挙で中国がやり玉に挙げられるのを避けたいという計算もはたらいているかもしれない。11月5日に向けて米国で党派を超えて最も支持を集めそうな措置は、中国を為替操作国として罰することだと思われるからだ。
さらに、こんな可能性もあるかもしれない。習は、長期的には元安よりも元高のほうが中国の利益になると認識している──。
いや、これはさすがに言い過ぎかもしれない。それよりは、習が米国の反発をかわしたがっているという見方のほうがずっと納得しやすい。いずれにせよ明らかなのは、中国本土の株式時価総額が2021年以降に7兆ドル(約1050兆円)も失われたり「中国株式会社」がありがたくない理由で世界の報道の見出しを飾ったりすることで習が気を揉んでいるということだ。
信頼でき、透明性が高く、ダイナミックな中国資本市場は現在、かつてないほど求められている。中国を世界の市場関係者に広く受け入れられるようにするには「金融ビッグバン」が必要だが、習の改革チームによるその実行は期待されていたよりも遅れている。
一方、中国共産党の野心のツールではなく価値の保存手段として人民元への信頼を高めていくことは、習のチームがただちに、最小限の負担でできることである。そして、それは今のところうまくいっているようだ。