遺されたウイスキーを通し感じる父とのつながり

贈り、贈られたモノや体験は、人生を変えるほどの力を持つことがある。企業のトップ、リーダーたちが経験した、モノや体験に介在する特別な思い入れを紹介する。自身の生き方、サクセスストーリーにも影響を及ぼしたであろう「GIFT」の逸話には人間味あふれる姿がある。希薄化も言われる現代の人間関係とは異なる、特別な関係だ。


THE GIFT #9

櫻井 将

エール 代表取締役
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国産ウイスキーの最高峰『響』。
12年と17年は現在いずれも生産されておらず、プレミアがついている。
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私の仕事机の上に、12年物と17年物の「響」が置いてある。普段は飲まないウイスキーを、父の命日だけは口にするのが習慣だ。
 
私は1 on 1セッションを提供する会社を経営し、話を聞くことに関する著書も出しているが、父の話だけはなかなか聞けないでいた。というのも、父は家ではほとんど口をきかない人で、私が高校生のころに離婚して以来疎遠になっていたからだ。

その父が意外にも独りでスナックを始めたと聞き、20代半ばに初めて訪れた。以降、ゆっくり話は出来たが、失った時間は埋められないでいた。そして3年前、父は突然逝ってしまう。

もっと話を聞きたかった。悔やむ一方で、会えなくなった今のほうが、父への愛を素直に表現できているように感じる。大事なのは、限られた時間のなかで「どれだけ話を聞けるか」よりも「どれだけ相手のことを思えるか」なのではないか。

父の死は、人の話を聞くという自分の仕事にも大きな影響を与えた。
 
思えばスナックも、人の話を聞く仕事である。父の店を片付けた際に持ち帰ったこの「響」は、そんな父との縁を感じられるものであり、父からのギフトのように思えるのだ。


さくらい・まさる◎1982年、静岡県浜松市生まれ。横浜国立大学卒業後、2005年にワークスアプリケーションズ入社。転職を経て17年よりエールに入社し代表取締役に就任。著書、『まず、ちゃんと聴く。コミュニケーションの質が変わる「聴く」と「伝える」 の黄金比』(日本能率協会マネジメントセンター)が人気。

文=伊藤美玲 イラスト=東海林巨樹

この記事は 「Forbes JAPAN 2024年3月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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