だが、医師を生業にするつもりはなかった。米国のウィスコンシン州ミルウォーキーの小児病院で病院管理学の特別研究員を修了し、シカゴの医療保険会社シグナに半年勤めた後、父親の命で一族の教育事業を拡大すべくマレーシアに向かった。
79年にカストゥルバ医科大学の経営を引き継いだパイの父親は、1990年代初頭のネパールを皮切りに国外でも医科大学を創設。パイは、2000年にマレーシアでの医科大学の立ち上げに駆り出された。同じ年、パイはMEMGを設立したが、これは拡大する教育と病院の事業を傘下にまとめるためで、シード資金の20万ドルは自身の貯金や、親族や友人からの借り入れでまかなった。
現在グループのポートフォリオには、前出の病院チェーン、4つの大学キャンパス、オンライン学習プラットフォーム、幹細胞研究会社、そして医療保険会社などが並ぶ。収益はこの4年で倍以上に伸び、23年度(3月決算)は743億ルピーとなった。増収の主な要因は、パンデミックが誘発したオンライン教育とヘルスケアサービスの需要の急増だ。
17年に父親が引退すると、パイはグループの指揮権と会長職を譲り受けた。パイは引き続き教育部門のマニパル・グローバル・エデュケーション・サービシズを拡大させており、そこに名を連ねる教育テックプラットフォームのユーネクスト・ラーニングは、マニパル・グループの各大学と提携し、16のオンライン学位課程を提供している。利用するオンライン学生の人口は、この1年で2倍近い5万人に増えた。パイの帝国は保険会社のマニパルシグナにまで広がっており、こちらは米国のシグナ・グループとの提携のもとで運営されている。
2人の娘をもつパイの思考が、一族のレガシーから離れることはない。
「経営が良好で、企業統治がしっかりした5、6社の持ち株を30〜40%保有していれば、それで十分です。保有する株が少数であれば誠実でいられますし、共同責任も発生します。後はやるべきことに集中し、確実に実行していくだけです」(パイ)
マニパル・エデュケーション・アンド・メディカル・グループ◎教育、医療分野で拡大するマニパル・グループの事業をまとめるため、ランジャン・パイが設立した持ち株会社。傘下にインド19都市29病院8300床の病院チェーンのマニパル・ヘルス・エンタープライジズのほか、教育部門のマニパル・グローバル・エデュケーション・サービシズ、ユーネクスト・ラーニングなど。
ランジャン・パイ◎MEMGの会長。1996年、インド・カストゥルバ医科大学卒。米ウィスコンシン州の小児病院で病院管理学の特別研究員、シカゴの医療保険会社シグナでの勤務を経て、父親の事業に加わる。祖父はインド初の私立医科大学を創立した人物。父親は医療・研究分野にも進出し1991年に病院チェーンを設立した。