アイドルユニット「高嶺のなでしこ」の課外授業、酪農危機を中高生と考えた

都内の中高等学校で課外授業を行うアイドルユニット「高嶺のなでしこ」のメンバー4名(左から、籾山ひめり、松本ももな、春野莉々、東山恵里沙)

日本の牛乳消費量は、国民の所得レベルアップや人口の増加、食生活の西欧化、冷蔵品の輸送技術の向上などに伴って1990年代までは増加し続けた。その増加の度合いたるや、1966年の「201万キロリットル」から1996年には「505万キロリットル」。実に30年間で約2.5倍の規模だった(参考:農畜産業振興機構)。牛乳の旺盛な消費は日本人の体格、骨格の向上にも大きな役割を果たしたといわれている。

しかし、同じ農畜産業振興機構の調査によれば、牛乳消費量はその1996年をピークに減少傾向で推移し、2013年にはピーク時に比べ3割減少の350万キロリットルとなった。17年間で、150万キロリットル減少しているのだ。乳牛を飼育、牛乳を生産出荷する酪農家の窮状は想像にかたくない。
出典:農畜産業振興機構

出典:農畜産業振興機構 そんな中の昨年10 月、中央酪農会議(全国の酪農関連機関、ならびに指定生乳生産者団体で構成された酪農指導団体)は、アイドルユニット「高嶺のなでしこ」を「酪農応援アンバサダー」として起用した。起用後、彼女らは酪農家の仕事を実際に体験、動画で発信するなどの活動に励んでいる。


「高嶺のなでしこ」の「酪農特別授業」

その「高嶺のなでしこ」のうちメンバー4名が1月、「酪農特別授業」の講師として都内青稜中学校高等学校を訪れた。

数十名の中高生たちが集まった放課後の高校棟の1教室に、メンバー4名(籾山ひめり、松本ももな、春野莉々、東山恵里沙[)が登場。続いて、埼玉県秩父郡小鹿野町で酪農農家を営む吉田恭寛氏も参加した。吉田氏は家族で牧場経営、乳牛70頭、肉牛50頭を飼育している。

──まずは「高嶺のなでしこ」メンバーから酪農クイズが出題された。以下、黒板に貼った原寸大の乳牛の絵を示しながらの吉田氏の解説を含む正解とともに、紹介しよう。

1.乳牛の体重は?

A.400キロ/B.700キロC./1000キロ

(正解:B、なお牛は体重計に乗れないので、メジャーで胴回りを測り、体重を推定する)

2.乳牛1頭が1日に食べる干し草の量は?

A.2キロ(バケツ2杯)/B.8キロ(バケツ8杯)/C.15キロ(風呂桶1杯)

(正解:C、干し草の値段が上がっていることは、酪農家にとって生死を分ける問題であることもわかる)

3.乳牛1頭が1日に飲む水の量は?

A.20-30リットル/B. 50-60リットル/C. 100リットル

(正解:B)

4.乳牛1頭が出す1日にミルクはコップ何杯分?

A.20-30杯杯/B.50-80杯/C.100-150杯

(正解:C、乳搾りはかならず1日に2回、しなければならない)

5.乳牛は自分では干し草を消化できない。では、何の(誰の)助けを得ている?

A.酪農家/B.胃腸薬/C.微生物 

(正解:C、牛は第1胃から第2、3、4胃まで4つの胃を持つ複胃動物。もっとも大きい第1胃──ルーメン、成牛では150Lにもなる──に食べたものを貯めておく。ルーメンには数えきれないほど多種の細菌やプロトゾアと呼ばれる原生動物などの微生物が棲んでおり、牛が食べたものの消化を助けている)

6.牛の妊娠の期間は?

A.200日/B.280日/C.1年

(正解:B、ほぼ人間の妊娠期間と同じ)

7. 人間は約3キロで生まれるが、牛の赤ちゃんの体重は?

A.10キロ/B.20キロ/C.40キロ 

(正解:C)

8. メスの牛は生後どれくらいで母牛になる?

A.2年6カ月/B.5年3カ月/C.10年

(正解:A)

9. 雄牛は生まれたあとどうなる?

A.ペットのように飼われる/B.約2年間育てられて食肉にされる/C.すべてが父牛になる

(正解:B)

10.日本で販売されている牛乳の国産率は?

A.100%/B.80%/C.40%

(正解:A)

青稜中学高等学校生徒たちの中で全問正解者はゼロ、9問正解者は1名だった。

吉田氏は言う。

「われわれは、牛のお乳を12時間おきに搾ります。朝6時に絞れれば夕方は6時に搾れますが、朝遅い時間にしか搾れないと、12時間後の2回目は夜になります。酪農業はなかなか、予定が立たない仕事です。

牛は『気持ち』で牛乳の出し方が変わるんです。だから、いつも幸せでいてもらうことが、おいしい牛乳をたくさん出してもらうコツですね。それには、小屋をいつも掃除して清潔にしてあげるなど、いつも気持ちよくしてあげることが大事です。

それから、牛は自分では背中をかけないので、たとえばこういう道具(背中をかく道具を見せながら)で、ときどき背中をかいてあげると、牛は喜んで気持ちよくなり、たくさん牛乳を出してくれます。何よりも『この人は気持ちいいことをしてくれる』と思ってくれるので、仲良くもなれますね」

新型コロナウイルスの流行で休校があいつぎ、給食もストップして牛乳の需要が激減した2021年年末年始、余った生乳(余乳)5000トン廃棄の可能性に際し、岸田総理が「廃棄を防ぐために牛乳をいつもより1杯多く飲んで」と異例の呼びかけを行ったことは記憶にあたらしい(なお、この呼びかけについては「本質的でない」といった専門家からの指摘も少なくなかった)。

またコロナ禍で出荷前の生乳の大量廃棄が発生する以前から、流通段階での牛乳の廃棄の問題も存在している。公益財団法人流通経済研究所がスーパーや生協を対象に食品ロスを調査した「日配品の食品ロス実態調査結果」(2015年3月6日・下図) (41P)によると、廃棄される牛乳は推計で年間4723トンにものぼっている。大量廃棄は、以前から発生している重大な問題なのだ 。

吉田氏も、「牛はたとえ人が飲まなくても、乳を出します。搾乳をしてもらえないと、苦しくてたまらない。だから、搾った牛乳はやっぱり飲んでほしい。今はいろいろな種類のお茶もペットボトルで気軽に買えますが、牛乳はなんといってもおいしくて栄養満点ですから……」と話す。

授業の中盤には「高嶺のなでしこ」メンバーと、数班に分かれた生徒たちで、「牛乳消費量を増やすためには何をしたらよいか?」のアイディア出しが始まった。黒板に貼られた各班からのアイディアの中には、次のようなユニークなものがあった。

・利酒ならぬ「利(きき)牛乳」マラソン:牛乳メーカーの社員や牛乳好きの人を集めて、複数メーカーの牛乳を飲み、正解したら次のスポットに進める。早くゴールした人が勝利。

・乳牛の日常の姿をYouTubeで公開する

・「ミルクすき焼き」「ミルク豚汁」など、牛乳を使ったレシピでどんどん料理する

吉田氏は、生徒たちにこうも話す。

「豆腐かすや、ビールづくりで出る大麦残渣(大麦の搾りかす)も牛の餌になります。だから、地球の環境を守る上でも、牛がそばにいることはとても重要なのです」

さらに「高嶺のなでしこ」メンバーが、酪農家の悩みを尋ねると、吉田氏は次のように答えた。

「やはり、休みが取れないことですね。最近は酪農家が休みをとる際、代わって搾乳や飼料給与などの作業を行う『酪農ヘルパー』もいますが、基本的には自分たちですべてやりますし、牛の搾乳のサイクルは人間には変えられないですから。

ほかにはなんといっても、干し草の値段が上がり、牛の食費が急騰していることです」

「今、とにかく酪農家はピンチ。仲間たちがどんどん減っています。酪農業人口を減らさないための一番の方法は、みなさんが牛乳を飲んでくれることなんです」

明るく話す吉田氏の口調からは、牛と酪農への愛情が実に伝わってくる。しかし、余乳の問題もあり、酪農家がどこもギリギリでやっていることが、まぎれもない真実なのだ。
提供:中央酪農会議(YouTube動画で紹介されている酪農家のメッセージ)

提供:中央酪農会議(YouTube動画で紹介されている酪農家のメッセージ

「酪農特別授業」に参加した青稜中学高等学校の生徒たちからは、授業の最後、以下のようなコメントが発表された。

「酪農家さんのお話を聞いて、もっと牛乳を飲もうと思った」「これからも毎朝牛乳を飲み続けたい」「酪農業が途絶えないようにするために何をしたらよいか、考えるきっかけになった」

数年前、深刻なバター不足でスーパーからバターが消えたことも、現在、逆に大量の余乳が生じている原因の1つと論じる識者もいる。また農水省は、余乳問題の収拾策として、乳量が少ないなどの「低能力牛」を「淘汰」する場合、1頭当たり15万円を交付する方針を決め、2023年3月から9月まで実施した。救済策としてポジティブに迎え入れる酪農家がいた一方、家族のように暮らしてきた乳牛を減らすことの後押しをされるより、乳価引き上げを求めたい、という声も当然あった。

──人も牛も、本当に「気持ちよく」ご機嫌に共存するためには解決しなければならない、酪農まわりの課題は実に深刻であり、後を絶たない。

構成・文=石井節子

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