ビジネス

2024.03.13 10:45

REIT上場、メザニン投資──から香水ビジネスへ 。渡辺裕太、その「異彩」と転換点

çanoma(サノマ)クリエイター 創業者 渡辺裕太

金融業界出身──フレグランス・ビジネス界の異端児ともいえる日本人がいる。香水クリエイターにして起業家の渡辺裕太氏だ。

çanoma(サノマ)クリエイターである彼にとってのビジネスのランドスケープや商品開発の思考、そしてキャリアとは何なのか。前編 投資銀行から調香へ。渡辺裕太は「ニッチ・フレグランス」ビジネスをどう闘うか に続き、キャリアインデックス執行役員曽根康司氏が話を聞いた。


インタビュアー:çanomaの香りにはどことなく「和」の要素を感じますが、渡辺さんにとって、「和」とは何だとお考えですか?

çanoma(サノマ)クリエイター 創業者 渡辺裕太(以下、渡辺):前提として「和」を表出させたいと思いながら、製品を作ってはいません。私が「いいと思っている香り」を出したいと考えています。

とはいうものの、渡辺裕太という人間は、日本に生まれて、日本のカルチャーを吸収して育っていることは厳然とした事実です。そのため、çanomaのアウトプット中には、普遍的な日本人性が投影されていて、結果、日本人が求めている香りになっているのではないか、という仮説を考えることは可能でしょう。それでも、あくまで仮説です。

話は日本からパリに飛びますが、パリにおける美しさを考えたとき「余白がない美しさ」を感じたことがあります。たとえば、絵画もそうでしょう。カンバスは全面色で埋まっています。ファッションや装飾品も、細かい作業の積み重ねと細部の修正を繰り返して、完成します。完璧への道程です。

一方、日本には、日本画が分かりやすいと思いますが「余白の美しさ」があります。「余白」に意味や存在があるのだと思います。

もっとも「余白」いうのは、危険なものであり、技です。技術の至らなさ、ごまかしを余白でカバーする。言い換えれば、顧客に解釈を預けてクリエイターが楽をしようとしているわけです。çanomaの香りが持つ余白は、意味のある余白であるべきだと思っています。語らないけど、意味がある。他の言葉で言い換えると洗練に近いでしょうか。

これからのサノマが表現すること

インタビュアー:渡辺さんは、「神聖さ」「張りつめた雰囲気」といったことを香りで表現するようなことをおっしゃっていたことがありますが、他に表現したい要素や特定の場所・シーンはありますか?

「畏怖の念」は表現したいと思っています。日本の生活では、いろんな神様(宗教的な意味合いの「神」ではなく)が出てきます。例えば、「おてんとうさまが見ている。」なんて言葉もそうです。太陽に対しても、普段気づいていないだけで、何かしらの「畏怖」が存在していると思います。

言葉として感情が文字になる前の「心の動き」も、香りというノンバーバルな手段で表現してみたいですね。

「楽しさ」「悲しさ」、そういった言葉になった段階で、心の動きは単語として置き換わるわけですが、その前の「心の動き」。それをフレグランスで表現したいんです。

その意味では、マルシア・ガルケスの「百年の孤独」をテーマにしたçanomaの「4-10番」は、「心の動き」に一番近いかも知れません。

特定のシーンとしては、私は昔、陸上競技をやっていたのですが、競技場のコースに敷かれているゴムの匂いと、中央部にある草の香りでしょうか。ずっと、心の中に引っかかっている香りです。

インタビュアー:渡辺さんは、フレグランスの開発においては、リベラルアーツや哲学といった要素が必要だと言っています。ブランド・商品開発の着想で重要だと思われる根底の要素と、それを発展させる考え方について教えてください。

渡辺:フレグランスの開発では、テクニカルなところ、調香師に頼ります。では、私のようなクリエイターに求められるものは何か、それは一種の知性だと思っています。他の分野における「良し悪し」の判断軸をいかにフレグランスに適応させるか。

小説を読んだ後、映画を観た後の感動。生活における日々の小さな感動。季節が変化するときの、香りが合わさった瞬間。いろいろなものから着想を得ることができます。

さきほど「百年の孤独」の話をしましたが、「百年の孤独」には香りの要素がありました。「花・木・涙」などです。

次は香り要素がない小説からも香りを抽出したいですね。ヘルマン・ヘッセの「ガラス玉演戯」なんて、どうでしょうか。ガラス玉遊戯はヘッセの後年の長編小説で、翻訳も複数ありますが、私は高橋健二が翻訳したものが特に好きで、複数回読んでいます。
写真提供=çanoma

写真提供=çanoma

インタビュアー:今後、çanomaを表現したい場所(プレイス)やポップアップ(プロモーション)について教えてください。

渡辺:プロモーションについては、無理にçanomaを底上げしたくないと思っています。プロモーションを積極的に行えば、誰もが知っているブランドに出来るかも知れませんが、実態と離れていけばいくほど、それは虚像になると思います。çanomaのブランド・製品としての力とプロモーションの強さは一致させたいです。

çanomaローンチのためのクラウドファンディングを行なっていた時期があります。当時はブログで都度活動報告を書いていました。それが、香水好きの間で話題になって、広まっていったという経緯があります。

その後、Ginza Sixでçanomaをポップアップで出展する機会があったのですが、ブログを読んでくれているファンの方が、結構集まってくれました。狭いスペースに人だかりが出来たおかげで、たまたま通りがかったバイヤーの方の目に留まり、店舗にも置いてもらえるようになりました。そのバイヤーの方が、トゥモローランドだったのです。なんとも奇遇ですが、トゥモローランドにçanomaが置いてあるのは、そういった経緯になります。

今はブログから(インターネットサービスの)noteに移行して、文章を書いていますが、その感覚は変わっていないです。note読んでいる方に買っていただくケースが多いです。

意図せず、ナラティブやファンマーケティングという要素を取り込んできたように思います。

渡辺が考えるキャリア

インタビュアー:最後にフォーブス読者に向けて、渡辺さんのキャリアやキャリア形成や転換点に対する考え方をお伝えください。また、自分の内面から表出する何かをどうキャッチするかについても教えていただけると嬉しいです。

渡辺:私が言えるのは「向いてないものからは引け。」です。

私は学校を卒業して、金融の世界に入りました。分かったことは、私は金融に向いてなかったことです。M&AやREIT(不動産投資信託)の上場、メザニン投資と呼ばれるPE(プライベート・エクイティ)、バイアウトするときの追加出資の算定。そんなことをやっていました。やっていましたが、(あくまで)私には面白くなかった。

職業に付随する社会的評価が、自分とはあまり関係ない、興味がないことだとも気づいたときでした。自分が好きなことをすべきだと。金融には3年半いましたが、そこから渡仏しました。

もっとも、自分が好きなことをすべきと言いましたが、どの役割をするかは、現実を見たほうがいいと思います。私は調香師を目指しませんでした。もし、調香師を目指していたら、今苦しんでいたと思います。夢を追うことは正しいですが、時間は有限です。認めたくはないが才能という壁もある。幸せであることが大事。自分は何をしたら幸せなのか。無邪気な追求に対して、生活や自己実現が絡み合って、形成されるのがキャリアだとも思っています。

無邪気な追求。自分にとっての「幸せの形状」が、何かを考えて、見ておく。そして、自分に対して自由であること。「自分はこうあるべき」に拘泥しないことも大事だと思います。自分を変に規定しないこともキャリアの形成につながっていくと考えています。

あとがき

はっきりしていないものが、見えている。クリアに見えるオブスキュア。そんな表現をしたくなるインタビューだった。霧の向こうの曖昧な「靄(もや)」が、明確に見えている。思慮深い表情を浮かべながら、ビジネスの話からヘルマン・ヘッセまで一気に飛ぶ。フレグランスというのは、渡辺裕太の内面から湧き出る何かの表出先なのかも知れないと思った。

インタビュアー:曽根康司(そね・こうじ) キャリアインデックス執行役員。慶應義塾大学大学院経営管理研究科修士課程EMBAプログラム修了(MBA)。時計商を経て、黎明期のインターネット業界に飛び込む。アマゾンジャパン4号社員、ヤフーYahoo! JAPAN、キャリアインデックス、EXIDEAを経て、2023年11月に再ジョイン。「焼肉探究集団ヤキニクエスト」メンバーでもあり、全国数百件の焼肉店を食べ歩いている。

インタビュアー:曽根康司(そね・こうじ)◎キャリアインデックス執行役員。慶應義塾大学大学院経営管理研究科修士課程EMBAプログラム修了(MBA)。時計商を経て、黎明期のインターネット業界に飛び込む。アマゾンジャパン4号社員、ヤフーYahoo! JAPAN、キャリアインデックス、EXIDEAを経て、2023年11月に再ジョイン。「焼肉探究集団ヤキニクエスト」メンバーでもあり、全国数百件の焼肉店を食べ歩いている。

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