すばらしい職人がいる証を残したい
ただ、それだけじゃなくて、と河野さんはさらに続ける。「じつは、こういう技術があったんだ、こういうものが作れたんだという証を残したいという思いの方が強かったかもしれません」
このツナ缶に使っているのは、びん長まぐろの大トロの部分だというのは、先に説明した通り。それを缶詰にするためには、まず蒸して、その後に血合と骨を取り除くという工程が続く。その後、オイル漬けにしてさらに蒸すという流れだ。
「血合いと骨を取り除くのがとても難しい作業なんです。大トロの部分を使うため、一度蒸しあげるとプリンのようにやわらかい状態になる。身を崩さずに、きれいに取り除くには熟練の技が必要でした。ちなみに、気仙沼で加工していますが、現地にいるたくさんの職人さんのうち、当時は3人しかそれができなかったんです」
決して作れないわけではない。ただ、数少ない職人の技術と、希少な素材が必要で、1カ月に30缶という少量生産しかできない。企業としての売り上げはたたないという状況でも、それを製造しようと決めたのは、ツナ缶のパイオニアとしての誇りだった。
「工夫とこだわりがあれば、おいしいものを作ることができる。商品としての可能性はいくらでも広げられる。そのためには、職人の技術が必要。そういうことを知ってほしい、残して行きたいという気持ちが強かったんです」
とはいえ、工場の生産ラインでは反対意見もあったという。生産数が限られたものに対して、ここまで労力を割く必要があるのか。生産度外視の商品にラインを動かす意味があるのか。そんな至極当然の考えだ。
「そういう意見が出てくること自体、価値があることだと思いました。そういう議論ができるということは、世の中に出てからも話題になって、たくさんの人に知ってもらえる商品になるのではないか、と話して説得したんです」
技術を駆使した最高級のツナ缶を残したい。とことんまでこだわった商品が作れるということを証明したい。世の中にこの味を知ってもらいたい。そんな思いが商品化へとつながっていった。
販売から4年経つ現在、加工ができる職人は一人になってしまったという。河野さんは「いずれ、この商品は終売になるでしょう」とつぶやく。機械化が進むというのは、そういうことだ、と。
「しかたがないことだし、わかっていたことです。それでも、気仙沼の人たちが『ここでとれたものを最高級の商品に加工できるのは誇りだ』と言ってくれた。それが嬉しいんです」