ゲストスピーカーを務めたのは、UPSIDER代表取締役の宮城徹とアスエネ代表取締役CEOの西和田浩平。モデレーターはForbes JAPAN編集長の藤吉雅春が務めた。
UPSIDERは2018年の創業。先進テクノロジーを活用した総合金融機関として成長企業を支え、主力事業である法人カードサービスの累計与信枠は5,000億円を超える。さらに22年4月にクレディセゾンと共同でリリースした、銀行振込の支払いを手持ちのクレジットカードで決済できる「支払い.com」は短期間で利用を広げた。直近では、みずほフィナンシャルグループと組んでスタートアップのための100億円ファンドを組成するなど活躍が目覚ましい。「Forbes JAPAN日本の起業家ランキング2024」は、第8位に選ばれている企業だ。
一方のアスエネの創業は2019年。気候テック領域でCO2削減に取り組み、現在はCO2排出量の見える化・削減・報告クラウドサービス『アスエネ』で急成長だ。昨年6月に、SBIホールディングスとカーボンクレジット・排出権取引所の新会社を共同設立したほか、アメリカとシンガポールに海外子会社を設立し、グローバルで活躍する。Forbes JAPAN主催の『2024年、注目の日本初スタートアップ100選』に選出されている。
事業を急成長させる鍵はどこにあったのか? 藤吉の「創業1年目、サービス提供後にどんな壁に直面したか」という問いから、セッションがスタートした。
「もつべきものは友」
「もう壁だらけで、何から話せばいいのか」。宮城が切り出すと、会場内にほどよくリラックスした空気が漂い始めた。宮城はリリースまでのいきさつを語り始めた。「18年に創業したものの、サービスリリースは20年です。間の2年は、はっきり言って、もがきの2年でした。プロダクトをリリースしても失敗するし、給与もないのでアパートも借りられずに友達の家でずっと過ごしていて。
とはいえ、やりたい事業は決まっていたのでパートナー会社になってくれる人を探したり、規制業種ということもあり、許可申請に必要な情報収集をしたりと地道な作業を続ける日々でした」
その甲斐あってリリースを目前にした矢先、20年1月に新型コロナウィルスのパンデミック。リリースが半年先に延期になった。
宮城がひときわ大きな「壁」を感じたのはこのときだ。
共同創業者はユーザベース社の出身であり、過去事例に倣えば「現実的に稼げるサービス」を提供できることは明白だった。結局リリースできないのではないかという思いにもかられた。「互いの人生を巻き込んでいるぞ」。責任感も重くのしかかった。
だが、捨て切れない思いがあった。世の中にまだ解決策がないところに道を開くために2年間売上ゼロで我慢してきたんじゃないかー。「あと半年、踏ん張ろう」。創業者同士で、改めて前を向いた。粘り強さで、リリースまでの壁を乗り越えた。
同時期、アスエネの西和田は、ビジネスプランを具現化するチームづくりの壁、もっと言えば「エンジニア獲得の壁」に直面していた。
幸運にも、出資者には巡り会えた。ベンチャーキャピタリストと出会い、あるのは業界知見・ビジネスプランと産業変革への気合とコミットメントのみ、という状況にも関わらず1カ月後には7,500万円の出資を受けることが決まったのだ。
しかし、エンジニアの獲得が思うようにいかない。西和田は当時をこう回想する。
「前職の三井物産で長く脱炭素の投資・M&A・新事業などの取り組みに携わっており営業・ファイナンス・会計などは得意だったが、弱みとして一度もエンジニアと話したことがなかった。エージェント経由で10人ほど面接もしましたが、そもそもどれだけ開発ができるかどうかの判断がつかない。やはり信頼できるのは友人か、その友人かという考えに行き着き、そこから採用方法をリファラルのみに方針転換しました。
そこから、IT企業で働く友人を通して優秀なエンジニアを紹介してもらい、六本木のハンバーガー屋で初対面でプレゼンを実施しました。それがきっかけで彼は共同創業者の一人となってくれて。現在は技術顧問です」
システム開発を学ぶために30冊余りの関連書籍を一気に読み込んだ。共同創業者とも2年半の間、自ら毎日欠かさずミーティングを主導して開発やプロマネ業務を学んでいったのだ。
ふたりの話を受け、藤吉は「スタートアップのシード期に必要なのは人との信頼関係。やはりもつべきものは友であり、人生のなかでいかに人と知り合っておくかは重要項目ですね」と応じた。これを受け、宮城は「当時のLINEの履歴やフェイスブックを見ると知り合い全員にメッセージを送っていた」と話し、人脈に頼っていたことも明かしてくれた。
誰のためのプロダクトか
絞り込みの苦悩
一般的に創業3年目といえば、プロダクトやサービスのローンチが終わり、次のフェーズに移行する段階だ。藤吉は「ローンチ後の壁は」と、2人に問いかけた。成長企業のための法人カード「UPSIDER」をローンチして1年が経とうとしていたころ、宮城は葛藤していた。サービス内容を拡充するにつれ、スタートアップはもちろん、中小企業も、大企業も不都合を解消できるからと喜んで入会してくれていたのだが、それゆえある苦しみが生じていたのだ。
「出口の見えないトンネルを必死で走り続ける起業家にとって、人に喜んでもらえるのはすごく嬉しいことだし、できれば全員を喜ばせたくなる。
でもそうすると、プロダクトロードマップが複雑で大変なことになり、誰のものでもないものが出来上がりそうになるんです。苦しいのですが、限られたリソースのなかで誰かを選ばなければいけません。10 人いたら、どの1人のためにプロダクトを磨いていくのかを選ぶことです。
葛藤の末、市場がいちばん狭く、課題がいちばん深いであろうスタートアップにあえてコミットするという決断をしたんです。キャッチコピーも『上場のための法人カード』として対象を絞りました。それによりお客様からのリクエストも絞られ、プロダクトのロードマップもシンプルになり、サービス品質の向上に注力できるようになったんです。この判断が事業成長の肝だったように思います」
創業当初、中小企業をメインターゲットに再生可能エネルギー特化の電力を提供するサービスをリリースした西和田も、宮城と同様の悩みを抱えていた。西和田も顧客セグメントを絞ることで多方面からのリクエストを遮り、その分だけターゲットのためのサービスを充実させることができたと振り返った。
壁を越えるための「攻めと守り」
セッション後半では、事業の急成長のために乗り越えなければならなかった壁とその攻略法に焦点が当たった。急成長を感じたのはどの時点だったか。そのときどのようなアクションやチャレンジをしたのか。西和田は自身が感じた限界から、ここでも人を頼った経緯を明かす。
「ローンチ後に数十の問い合わせがきて、しばらくは私が営業をしていたのですが、15社ぐらい契約が取れた段階でほぼ全てのオペレーションを自ら行うことの限界が見えてきたんです。というのも、前職では新規顧客をアウトバウンドで開拓した経験がなく、適切なアポの取り方が分からなかったのです。そこでインサイドセールスのセミナーに参加して見よう見まねで電話をかけまくると、一定の手応えはあれど、本当にこのやり方で合っているのか疑問が湧くという状態でした」
では誰だったらこの業務ができるのか。熟考の末、西和田は、当時キーエンスにいた後輩のもとを訪ねたと言う。
「営業の秘訣を聞いていくと、やはり評判通りの磨き抜かれた仕組みとルールに感銘をうけ、キーエンス縛りで人材を探し、結果的に2人を採用しました。そのうちの一人が、現取締役COOの岩田圭弘です。
岩田は朝が早いんです。5時半には稼動し、LP等を経由して問い合わせがあった見込み顧客に対して7時までに大量のメールを送信する。そのうち毎日数件のアポがとれる。高度な架電技術、さらにはインターンも投入してチームとしての面談アポの量産体制が整っていったんです。今までとは全く違うスピードで顧客獲得ができるようになりました」(西和田)
一方、宮城は、守りの壁を固めることが転機になったと話す。ある飲み会の席でメルカリの経営陣の一人から与えられた助言が発端だ。
「あなたは起業家だからプロダクトとかグロースのことばかりに時間を使っているが、守りを固めないと。情報のアタックもくるし、与信の貸し倒れも増えていくし、マネロンリスクも出てくるだろうし、体制が整うまでは100%守りにベットしたほうがよい」
宮城はその言葉にショックを受けたが、時間の使い方を見直すときがきたと判断。次の月の予定を白紙に戻し、翌日から経理や法務など守り側の人材採用だけに時間を費やしていった。
「この変化は、すべてをトップダウンで決めて事業をマネージする、自身のワークスタイルを見直すことにもつながりました」(宮城)
宮城の苦労話にうなずきながら、藤吉はさらに問いを重ねる。「組織を強くするためには、経営者として自分がどういうシチュエーションのなかの、どのポジションにいるかを見定めることが大事。いわばトップダウンは使い方次第。そうでないと長期的に戦っていけないのではないか」
宮城も同意し、さらに続けた。「実際、現場からは課題や施策の解像度が高い自分たちをもっと尊重してほしいという声が挙がったんです。よく話し合ったうえで、私は役割を変え、新規事業の開拓に軸足を移した経緯があります。セッション冒頭でご紹介いただいたみずほフィナンシャルグループと組んだスタートアップ向けの100億円ファンドは、その流れのなかで生まれた成果物です」
壁に直面する自分が正しい
宮城は「どうしたらポジティブでいられるか?」と、起業家からよく問われるという。「日曜の夜は憂鬱なんですよ」と宮城は冗談っぽく前置きしたうえで、答えは決まっていると話す。「挑戦していればしているほどストレスがかかる、ポジティブになど過ごせるわけはない。マインドセットは、壁に直面している自分が正しいと割り切って生きる。壁に直面したら気づきのための壁だと思え」である。西和田の起業1年目にも一定のストレスと負荷はもちろんあったが、学びを自身の成長へつなげることでポジティブシンキングをキープしているという。経営戦略や競合優位性についてウィークリーで株主と議論する、偉大な経営者の書籍を熟読し自分のなかにマインドセットを繰り返し落とし込む、上場企業の経営者に直に会って壁打ちをさせてもらう。この3つを日々実践していると言う。
今後の成長戦略について藤吉が尋ねると、両者は揃って「グローバル展開」を挙げた。創業から約5年、これからが本番だ。かねてからForbes JAPANのプログラムを通して2人の目覚ましい活躍ぶりを知る藤吉だが、「今回のセッションでは非常に人間味のある話を聞くことができ、お二人への理解が深まりました」と語り、笑顔でエールを送った。
生成AI活用は戦略が重要
デルのセッションも
イベントでは、デル・テクノロジーズのシニアシステムエンジニアAIスペシャリスト山口泰亜によるセッションも開催。テーマは「ビジネスにおける生成AI活用」だ。山口が最初に紹介したのは、経営者の実に45%が生成AIを意識したAI投資への意向があるという調査結果。生成AIの代名詞でもあるChatGPTが出現してわずか一年でこれだけ経営層の心を捉えたのは、「本当に簡単に試せて、こう使えるんだ、というのがイメージしやすく、投資意欲も湧きやすいから」だと、山口は分析する。
生成AIの応用先としてはコールセンター業務支援があるが、「発想次第で、本当にいろんな場面で使える」と山口。デル・テクノロジーズの導入実績も幅広い。IT企業向けに生成AIを基盤とする高性能サーバを導入支援したほか、金融系、製造系、テレコム系などさまざまな業種での事例を紹介。山口は「日本語に特化した生成AIのモデルをつくるというチャレンジもインフラ面から支援している」と強調した。
生成AIを導入の肝となるのは、現在地から目的地に向かうための戦略を立てて、それに向かって進めていく「プランニングの重要性」だ。山口は、AIを導入したい顧客と、AIのエキスパートとをつなぐマッチングの仕組み「Dell De AI」の活用も呼びかけた。
トークセッション後の質疑応答では、熱い視線を送っていた参加者から積極的に質問が飛び交った。日本の国際競争力を高めるためにはスタートアップの成長が重要であり、成長へのノウハウを学ぶ機会創出は欠かせない。同イベントは貴重なインプットの場となったようだ。デル・テクノロジーズは「デル起業家支援プログラム」を通じて、テクノロジーズアドバイザーによる最適なソリューションの提案や、ネットワーキングの機会の提供などを今後も進めていく。
Dell Technologiesのスモール・ビジネス、スタートアップ支援プログラム
デル起業家支援プログラム
デル起業家支援プログラムご登録はこちら(無料)https://www.dell.com/ja-jp/dt/forms/contact-us/forbes-fy25q1.htm
2023年4月から始まった、創業10年未満のスタートアップ企業を支援する無償のプログラムが「デル起業家支援プログラム」だ。その内容は、以下の4つである。
① 経験豊富なアドバイザー
スタートアップ企業が直面する課題やニーズに対して、特別なトレーニングを積んだ専任のテクノロジー アドバイザーが、ユーザーに寄り添い、ビジネスの状況を理解し、最適なアドバイスを提供する。
② よりスマートに、より迅速に成長
パソコンからインフラを支えるハードウェア、各種サービスまで、ビジネスの成長に応じて柔軟に拡張できる最適なテクノロジー ソリューションを提案する。
③ 投資の効率化
スタートアップ企業が限られたリソースを最大限有効活用できるよう、メンバー限定の特別割引や柔軟なファイナンス ソリューションの提供でサポートする。
④ ネットワークの拡大
メンバー限定のコミュニティーをはじめ、インキュベーター、アクセラレーターなどとのネットワーキングの機会を活用できる場を提供する。
デル テクノロジーズ アドバイザー
専任IT担当者の確保が難しい小規模企業を中心に、ITに関する顧客の悩みや要望をヒアリング、課題の整理と解決策の提案を行うのがデル テクノロジーズ アドバイザーの役割だ。「製品を売って終わりではない」そうした強い意志とともに、さまざまなITの専門領域に特化したチームが、顧客企業に対してオーダーメイドでソリューションを提供し、支援する。有形無形のサポートで、ビジネスを成功に導く仕組みが、ここにある。デル女性起業家ネットワーク(DWEN: Dell Women Entrepreneur Network)
デル・テクノロジーズが女性起業家の支援を目的に実施しているグローバルなプロジェクト。ファイナンス・マーケティングの知見の共有や、人的ネットワークの提供、そしてIT活用に関する支援などを行っている。2022年1月時点で全世界で約8万人のメンバーが参加中。https://dwen.com/ja/