アカデミー賞監督賞の受賞なるか
「落下の解剖学」はフランスの女性監督であるジュスティーヌ・トリエの作品だ。アカデミー賞でも監督賞にノミネートされている彼女は、作品を撮るきっかけについて次のように語っている。「ある夫婦の関係が崩壊していく様を表現したいと思ったのが始まりです。夫婦の身体的、精神的転落を緻密に描くことによって、2人の愛の衰えが浮き彫りになっていくという発想から出発しました」
作品のなかでは、息子であるダニエルも、父親の死に関して大きな鍵を握っている。視覚に障がいがあるという設定も、その家族の物語にシリアスな深みを与えている。トリエ監督が続ける。
「この夫婦の一人息子は、裁判で家族の過去が徹底的に探られるなかで、両親の関係が波乱に満ちていたことを知ります。最初は母親を全面的に信じていた彼も、裁判が進むにつれて疑念を抱くようになり、それをきっかけに彼の人生は一転する。物語はこの変化を追っていきます。
私の過去の作品では、子どもたちの存在は背景的な静かな存在でした。でも本作では、物語の中心に子どもの視点も取り入れ、主人公サンドラの視点と並べることで、さまざまな出来事をバランスよく描き出したいと思いました」
(c)2023 L.F.P. – Les Films Pelléas / Les Films de Pierre / France 2 Cinéma / Auvergne‐Rhône‐Alpes Cinéma
ちなみにアカデミー賞では脚本賞にもノミネートされており、その緻密な執筆作業はトリエ監督の過去3作品でもタッグを組んだアルチュール・アラリとの共同で進められたという。その際には、刑事事件専門の弁護士からも細かにアドバイスを受けており、迫真の法廷劇に結実している。
夫殺しの嫌疑をかけられる主人公サンドラを演じたザンドラ・ヒューラーの深みある演技も、この作品の見どころのひとつだ。アカデミー賞でも主演女優賞にノミネートされている彼女の演技は、著名な作家であり妻でもあるサンドラの複雑な内面を見事に表現している。
映画「落下の解剖学」は、2024年2月23日(金・祝)よりTOHOシネマズ シャンテ他全国順次ロードショーで公開(c)2023 L.F.P. – Les Films Pelléas / Les Films de Pierre / France 2 Cinéma / Auvergne‐Rhône‐Alpes Cinéma
前作の「愛欲のセラピー」(2019年)でもヒューラーを起用していたトリエ監督は、もう一度ともに作品をつくりたいという思いから、この「落下の解剖学」の脚本も、彼女の出演を念頭に置いて執筆されたという。
ちなみにザンドラ・ヒューラーは、同じくアカデミー賞作品賞にノミネートされている「関心領域」(ジョナサン・グレイザー監督、2023年)でも重要な役どころを演じている。こちらの作品は、カンヌ国際映画祭で「落下の解剖学」とパルム・ドールを争い、最高賞に次ぐ「グランプリ」を受賞している。
今年度のアカデミー賞では、「原爆の父」と呼ばれたロバート・オッペンハイマーの伝記作品である「オッペンハイマー」(クリストファー・ノーラン監督、3月29日日本公開予定)が本命視されている。とはいえ、監督賞に限って言えばこの5年間で2人の女性監督(「ノマドランド」のクロエ・ジャオ、「パワー・オブ・ザ・ドッグ」のジェーン・カンピオン)がその栄誉に浴している。
実は、今回で第96回を迎えるアカデミー賞だが、長い歴史のなかでも監督賞を受賞した女性監督は、前述の2人を加えても3人しかいない(もう1人は第82回「ハートロッカー」のキャスリン・ビグロー)。しかし、近年の確率から言えば「落下の解剖学」のジュスティーヌ・トリエが監督賞に輝くことも十分に期待できる。
連載 : シネマ未来鏡
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