姫路市立美術館で2022年に「本歌取り」、渋谷区立松濤美術館で昨年「本歌取り 東下り」という展覧会を杉本博司は開催した。
そもそも本歌取りとは、和歌や連歌で、古歌(=本歌)の語句・発想・趣向などを取り入れて作歌し、重層的で複雑な世界を創造する技法のこと。
杉本はかつて文芸誌に「本歌取り」という表題でこんな文章を寄せている。
「およそ人間の営みにおいて作りだされる創造物において真にオリジナルであるということがあり得ようか。そもそも人間そのものの再生産が遺伝子情報を両親から半分ずつ受け継ぐという複写行為の繰り返しではないか。(略)真にオリジナルであることは無から有を生じせしめる行為であり、言わば神の領域に属する。」(『新潮』新潮社 2008年)
これは創作に関する根本をとらえつつ、杉本自身の創作を読み解かせる鍵になる。本歌があり、その発展のかたちである創作があるがその切り口、奥行きもさまざまである。例えば3月に北京で始まる展覧会は杉本の写真作品の各シリーズを網羅する回顧展的な構成をとっているが、そこに新作として、杉本の書による「般若心経」を出品する。
「暗室でおよそ50×60cmの印画紙の上に定着液で般若心経の一文字一文字を書いていく。書いても墨のように文字が見えるわけではなく、現像プロセスを経て初めて文字が見えます」
まさに何もない(=「空」)のだが、現像で文字が現れる。「空即是色」だ。写真という技法を現代美術に高めた先駆者のひとりであり、近年は書家としても活動する杉本が「般若心経」を本歌とした作品だ。4月にはパリのジャコメッティ財団で展覧会を開催する。
「以前、ニューヨーク近代美術館の彫刻庭園を撮影する依頼があり、そのとき最初に撮影したのが(アルベルト・)ジャコメッティの《歩く人》でした。私が以前から取り組んでいる建築シリーズと同様、一定の法則を元に焦点を外して撮影しています。以後、彼の作品を所蔵する美術館で撮影してきました」