「岸田さん、平壌に来られるかも」金与正氏の甘い誘いに込められた北朝鮮の計算

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「(岸田文雄)首相が平壌を訪問する日が訪れることもあるだろう」。朝鮮中央通信は15日夜、北朝鮮の金与正・朝鮮労働党副部長の談話を発表した。最近は、韓国を悪し様にけなす発言が続いていた与正氏だが、一転して岸田首相には「(日朝)両国はいくらでも新しい未来を共に開ける」「(岸田首相の発言は)肯定的なものとして評価されない理由はない」など、支持率低迷にあえぐ岸田首相がすぐに飛びつきたくなる甘言を並べた。金正恩総書記の実妹である与正氏がこのメッセージを送った背景には一体、どのような思惑が込められているのだろうか。

金与正氏は2019年2月にハノイで行われた第2回米朝首脳会談が決裂した後、北朝鮮が重要な政策を発表する際に役割を果たしてきた。例えば、北朝鮮は年明けから、韓国を「主敵」と呼び、全面的に対決する姿勢を強調している。北朝鮮が経済難から生き残るために南北協力の道を選んだが、結果的に、韓流文化という「毒」が北朝鮮の「体」に回り始めた。北朝鮮は脅威を感じて焦り、韓国との絶縁措置を取った。ただ、北朝鮮は従来、国民に団結を強いる手段の一つとして、民族統一路線を掲げてきた。「今の苦しい生活も、将来の統一のためだから我慢しろ」という論法だった。この方針を変更するのは、北朝鮮当局としても相当な勇気が要っただろう。そこで、路線変更の「観測気球役」を務めたのが、金与正氏だった。

この動きについて振り返ると、まず、金与正氏が昨年7月11日の談話で「大韓民国」という言葉を使った。次いで、金正恩総書記が昨年8月27日の演説で「大韓民国」という言葉を使用した。今、振り返れば、これは今年に入って韓国と絶縁するための前段階の措置だった。ただ、いきなり、最高指導者の正恩氏が口にするのは危険が伴う。国内から「統一するんじゃなかったのか」という反発が起きれば、取り返しがつかない。そこで、まず、与正氏が「大韓民国」という言葉を使い、国内外の反応を見極めたのだろう。重大な路線変更であれば、北朝鮮の一般の政府・党官僚の発言では軽すぎる。正恩氏の実妹でロイヤルファミリーの一員である与正氏が適任だと、北朝鮮当局は判断していると思われる。

同じように、与正氏が日朝関係について方向性を示したのは、北朝鮮当局の今後の方針を予告したと考えるべきだ。「岸田首相への金正恩慰労メッセージ、本当の宛先はトランプ氏 」で書いた通り、北朝鮮は来年1月に、米国でトランプ政権が再登場することを前提にした、軍事・外交作業に没頭している。米国の複数の専門家は「トランプなら北朝鮮の核保有を認める可能性がある」と指摘している。北朝鮮が連日ミサイルを発射しているのは、交渉する時の「譲歩カード」を増やす狙いがある。日本に接近するのは、前回の米朝協議の際、当時の安倍晋三政権がトランプ政権に対して「安易な妥協をするな」と水面下で何度も迫ったことを再現させない狙いがある。
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文=牧野愛博

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