2022年に店舗従業員の髪色の自由化に踏み切り話題を呼んだ、「ドン・キホーテ」を運営するパン・パシフィック・インターナショナルホールディングス(PPIH)。第2回は、同社取締役 兼 執行役員の二宮仁美と、ユニリーバ・ジャパン・カスタマーマーケティング株式会社 ラックスのブランドマネージャーの林 宏樹が対談。社会の多様性と、時代とともに変化する価値観に対応し、個性を尊重する意義やメリット、世の中や社会への影響などについて語り合う。
「髪色の自由化」をたった半年で実現
林 宏樹(以下、林):2022年3月に、ディスカウントストア「ドン・キホーテ」をはじめとする御社のグループ店舗で従業員の髪色や服装に関するルールが大幅に緩和されたことが多くのメディアで取り上げられました。二宮仁美(以下、二宮):あれから2年近くになりますが、いまだ多くの取材依頼をいただいています。ダイバーシティ推進に力を入れている弊社では、従業員の多様性をより尊重した職場づくりに向けたひとつの改革にすぎませんでしたが、まさかここまでの反響があるとは想定外でした。
林:身だしなみに厳しい日本のなかでも、小売業やサービス業は、とくに自由が認められにくい業態だと感じています。そのなかで金髪やハイトーンカラーなどの髪色など、身だしなみについてのルールを大幅に緩和された背景にはどのようなきっかけがあったのでしょうか。
二宮:店舗で働く従業員からの声がきっかけです。エリアを束ねるマネージャーから「ダイバーシティ推進の観点も踏まえて、髪色はもっと自由でいいのではないか」という提案があり、会議で議論しました。検討を重ね、22年3月からドン・キホーテなど、弊社が運営する店舗で働く従業員の髪色は完全に自由、大きすぎず、落ちないものならヘアアクセサリーも使用可能としました。ネイルについても、凹凸のある飾りがなければ色や模様は問わないとしています。
その後、グループ会社のユニーの現場スタッフからも社長へ直々に要望があり、同店でも11月から見直しをスタート。昨年には、本社の管理部門でも段階的にルールの緩和が進みました。
林:社内から反対する声はなかったのでしょうか。
二宮:最終的な決定は、経営陣が集まる会議で話し合われたのですが、一人として反対する人はいませんでした。むしろ、「多様性の時代に、今のルールは古すぎるのでは」という意見が多く、現代とずれているルールの問題に気づかされたというのが正解かもしれません。
林:店舗従業員の声が組織のトップまで届くという風通しのよい職場環境がすばらしいですね。
二宮:弊社の企業理念集の中で、「自分の意見をはっきり述べよ」と謳っています。だからこそ、誰もが躊躇なく自分の想いを伝え、それを上が受け止める社風を守ろうとする意識があります。ですから、いい提案は速やかに採用されるのが常。身だしなみルールの緩和も要望を受けてから半年強で実施となりました。
林:ダイバーシティを推進するなかで、実際にアクションを起こして、スピーディに展開し、半年足らずで実現するという“難問”をクリアできたのは、御社の企業理念が原点だったのですね。
二宮:普段から変化対応を重視しているため、時代に適応する“瞬発力”がある会社なのかもしれません。
求人応募は3割増。人手不足の解消の切り札にも
林:髪色を自由化したあと、従業員に変化はありましたか?二宮:「待っていました!」といわんばかりに、分け目を境目に左右で違う色にした人もいれば、レインボーカラーにした人も。「自分らしさを取り戻せた」という言葉には、制限があった時代にはどんな気持ちだったのか、と考えさせられるものがありました。
ドン・キホーテやユニーで調査したアンケートデータでは、身だしなみのルールを緩和してから約一年でいずれもおよそ50%が自由な髪色で勤務、という結果が出ています。ドン・キホーテでは、金髪やハイトーン、ビビッドカラーなど、派手な色の方も20%ほどいます。
林:お客様からのリアクションも気になるところです。
二宮:「その髪の色、いいじゃない」と褒めていただくことも多く、お客様から髪色で認識していたただけるようになった、従業員同士のコミュニケーションが生まれるきっかけにもなったという報告もあります。「あなたみたいな髪色にしたい」と相談を受け、カラーリング剤の購入につながったというケースも少なくないようです。さきほどのアンケートでは、ドン・キホーテ、ユニー共に、約7割の従業員がお客様からポジティブな反応があったと回答しています。
林:髪色が自由に選べることを理由にアルバイトに応募してくる方もいるそうですね。
二宮:求人に対する応募が3割増になりました。人手不足の今、人材の確保は企業にとって大きな問題ですから、とても価値のある成果だと受け止めています。
従業員のモチベーション向上にもつながりました。「髪色や格好だけで差別されないように」と積極的にサービスをするようになり、「挨拶を大きな声で言うようになった」など、自分のなかでよい変化があったという声が目立ちます。従業員が前向きになり、サービスの質が上がればお客様にも喜ばれて、最終的に会社に多くのメリットが還元される。従業員の価値観を尊重する職場環境の意味は、そこにあるのだと気づかされました。
林:多様な人材がもつ経験や能力、考え方を認めることで、ウェルビーイングが達成されれば、個人の力が最大限発揮できると考えています。髪は自信につながるものだからこそ、自分に決定権があるべきだと。自信に満たされていれば、勇気をもって一歩踏み出すこともできる。そういった可能性を制限することない社会になってほしいと感じます。
髪型がキャリアを邪魔する?“思い込み”を打破
二宮:ルールを見返してみると、価値観が変化した今の社会とずれていることが多い。「社会人らしい髪色ってなんだろう」などと、真摯に向き合うとルールの定義が曖昧で必要ないこともありますよね。林:「社会人らしい髪」には一人ひとりが内に秘めている無意識のバイアスがあります。社会的な雰囲気はこうだから、やはり髪を選択できず自粛してしまう。実際にLUXが行った調査では、約7割の人が「入社時に髪を変えるべき」と「社会人らしい髪」に囚われていることが判明しました。さらに、自分を証明する「社員証」に関しても「今の社員証は自分らしい姿ではない」という回答が約7割にものぼっています。
二宮:私にも思い当たる節があります。以前、弊社も社員証に写真が入っていたのですが、「社会人らしさ」を意識した入社当時の自分らしさのかけらもないものをずっと使っていたので、人に見せるのがイヤでしたね。
林:二宮さんのように世の多くの人が囚われている「社会人らしい髪」の固定観念を打破し、リアルな自分の姿で自信をもって働くことの背中を押すブランドのアクションとして、LUXでは“社員証(ID)”の画像を自由な髪色・髪型に変更するプロジェクト「Real Me ID Project」を実施しています。まずは弊社の社員証を変え、自分たちから一歩を踏み出し、そしてより多くの企業を巻き込んでいきたいと考えています。
二宮:素敵な取り組みですね。LUXさんのような大きなヘアケアブランドがやることに価値があり、影響力も大きそうですね。
林:「社会人らしい髪」をはじめとする髪についての根強く残るバイアスからすべての人を解放するきっかけになりたいと考えています。ですが、LUXだけで叶えられることではありません。PPIH様のように実際に取り組み、改革を行っていく企業を増やしていくことが本当の意味で社会を変えていくとことにつながっていくと思います。そのために賛同してくださる企業を探し続け、活動を広げていく必要があると強く思っています。
二宮:弊社が行った髪色の自由化は、多くの方が多様性と向き合い、変わるために踏み出すきっかけになれば、嬉しいです。LUXさんの取り組みは、この先どのような目標に向かっているのでしょうか。
林:2030年までのスパンで、髪のステレオタイプにとらわれず個性が尊重される社会になることを期待し、全力で取り組んでいます。IDを変えること、髪色規制からの解放はあくまでもアプローチのひとつ。その先にある互いを尊重し、髪型・髪色を通じて自分に自信を持ち自分の人生を謳歌できる世の中を目指しています。
二宮:2030年ごろ、世を見渡したときに、会社員にも華やかな髪色が溢れている風景があれば、
「LUXさん、やりましたね!」ときっと嬉しくなると思います。
林:そういったゴールを弊社も待ち望んでいます!
LUX Real Me ID Project
https://www.lux.co.jp/behairself/realmeid/
二宮仁美(にのみや・ひとみ)◎パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス 取締役 兼 執行役員。1983年千葉県生まれ。2005年3月に千葉大学工学部卒業後、設計部の店舗デザイン担当としてPPIHに入社。デザイン戦略部、スペースデザイン部の立ち上げを経てPPIHのデザイン分野に尽力。海外、国内問わず数百を超える店舗をデザイン。2020年11月に同社の執行役員 デザイン統括責任者 兼 ダイバーシティ・マネジメント委員会委員長に、2021年9月に取締役 兼 執行役員 ダイバーシティ・マネジメント委員会委員長 兼 デザイン統括責任者に就任。
林 宏樹(はやし・ひろき)◎ユニリーバ・ジャパン・カスタマーマーケティング株式会社 ビューティー&ウェルビーイング ブランドマネージャー – ラックスヘア 2014年慶応義塾大学卒業後、ユニリーバに新卒入社、マーケティングに従事。リプトン、クリア、ダヴ等様々なブランドを担当しながら、現在はラックス ヘアのブランドマネージャーを担当。2021年9月にLUX BRAVE VISION 2030を発表し、自分自身を美しいと思えることが自信になり、一歩踏みだす勇気につながること、そしてその踏みだす姿勢こそが美しいという信念のもと、昨年のReal Me ID Projectなど様々な施策を企画。