国内

2024.02.29 14:45

「貿易赤字1.8兆円」のメドテック。それでも日本が世界で勝てる理由

国内の医療企業のM&Aは、多くの場合、技術力を取り入れるというのが買い手の目的である一方、朝日インテックの一件は事業の成長を目的としたものだったと中尾はいう。「米国の医療業界では、この30年ほど、スタートアップ企業の事業を大手企業が買って大きく伸ばすというのが産業構造になっています。自社でやっても時間がかかるし成功するかどうかもわからない。日本でも同様の流れが出てくるのは間違いないし、その意味で朝日インテックの買収はエポックメーキングな事例でした」(中尾)

M&Aは、医療業界に限らず日本のスタートアップ全体として、米国に比べて少ない。大手企業の子会社になれば、社会的信用性が上がり、資金や販売ネットワーク、人材を得やすくなる。一定期間で事業の芽を成長させ、その後はM&Aをするという出口戦略が当たり前になれば、起業を志す研究者も増えるだろう。

資金面については医療特化のベンチャーキャピタル(VC)や大学VCによって、調達社数も金額も上昇傾向にある。M&Aまでの資金繰りにも大きな不安を抱えずに事業を構築できるのであれば、それは医療スタートアップが歩むひとつのレールになる。

グローバルの成功の可否は、トップの意識

Global Vascularのチーム。医師、医学博士、工学博士で取締役CMD(Chief Medical Director)の長谷部光泉(左)、共同創業者で代表取締役CEOの尾藤健太(中央)、共同創業者でCOOの前川駿人。

Global Vascularのチーム。医師、医学博士、工学博士で取締役CMD(Chief Medical Director)の長谷部光泉(左)、共同創業者で代表取締役CEOの尾藤健太(中央)、共同創業者でCOOの前川駿人。

実は審査会では、グランプリ企業の候補がもうひとつあった。それがGlobal Vascularだ。同社は膝下の動脈硬化のカテーテル手術で用いるステントを開発している。ステントとは、金属の金筒状の治療器具で、下肢では太ももの動脈硬化で使われることが多いが、膝下は血管が細く血流も遅いため、患者は下肢切断のリスクを抱えている。ステントは血管内で「異物」として認識され、血小板に触れると、血の塊がついたり、血管壁の細胞を増殖させたりして、数カ月以内に血管を狭めてしまう可能性があるのだ。同社は血小板が付着しにくい特殊なダイヤモンド系のナノコーティングを生み出した。薬剤をステントから放出するシステムと組み合わせた新しいコンセプトのステント開発に成功している。
同社が開発するステント。

同社が開発するステント。

技術力に加えて評価されたのはグローバルへの意識だ。現在、日本での医療機器承認とともに、FDA(米国食品医薬品局)への承認に向けたプロセスを同時に進めている。中尾は「グローバルでうまくいくかどうかは、最終的に経営陣が外に出て行こうとする意識があるかどうか」と考え、推薦した内田からは「日本の医療スタートアップにはないレベルで海外展開が進捗している」という評価があった。

そしてもう一社、「医療的インパクト」の部門で受賞企業となったKOTOBUKI Medicalは、グローバル性や社会性を兼ね備える。同社は医師の手術トレーニングなどで使われる模擬臓器を開発・販売するが、目を引くのは、材料がコンニャク粉である点だ。多くの場合、トレーニングには豚が使われているが、手術用加工のほか、使用後の後処理には手間がかかり、臭いも強い。最近ではVRゴーグルで模擬的に手術を体験するという方法もあるが、「手で覚える」という重要な要素はカバーできない。
KOTOBUKI Medicalが開発する模擬臓器。血を模した液体を模擬胆嚢に注入する。

KOTOBUKI Medicalが開発する模擬臓器。血を模した液体を模擬胆嚢に注入する。

同社は「豚は、粘膜や血管の硬さが人間と異なる。KOTOBUKI Medicalの臓器は人間に近い臓器などをつくれることが評価されている」と話す。実際、ジョンソン・エンド・ジョンソンやオリンパスなど世界的企業との取引もあり、動物愛護の観点からも引き合いが増えている。
KOTOBUKI Medical代表取締役の高山成一郎。社名は、高山の亡き父であり、寿技研創業者の高山駿寿にちなんだ。もとは金属加工やプラモデルタイヤ製造の下請け企業。

KOTOBUKI Medical代表取締役の高山成一郎。社名は、高山の亡き父であり、寿技研創業者の高山駿寿にちなんだ。もとは金属加工やプラモデルタイヤ製造の下請け企業。

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文=露原直人 写真=佐々木康

この記事は 「Forbes JAPAN 2024年2月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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