「日本の生産性の低さを販売価格の上昇であげろ」、「海外の富裕層のインバウンドに対応できるホスピタリティ産業を充実させろ」、「地方の良い工芸品で海外の高級品市場を開拓せよ」、「文化資産をもっとビジネスに生かせ」。
これらの課題に関わる人たちがラグジュアリーという言葉に敏感になっています。旧型ラグジュアリー、新型ラグジュアリー、両方に対しての関心が高まり、ぼくもその文脈で意見を求められることがとても多くなりました。
ぼくがラグジュアリーに関する連載を経営コンサルタント企業の会員誌でスタートさせたのが2019年末です。その後、2020年末から中野香織さんとこの連載を開始。2022年には連載の一部をまとめて『新・ラグジュアリー 文化が生み出す経済 10の講義』を上梓しました。
昨年、目立つロゴを避けあまり騒がしくないことに力点をおく「クワイエット・ラグジュアリー」との表現が世界のさまざまなメディアに拡散され、その代表例としてファッションメーカーのブルネロ・クチネリが取り上げられるようになりました。この連載でも前々から何度か同社について触れ、上記の本でも取り上げています。
ぼく自身は2014年に創業者のクチネリ氏にインタビューをして「日経ビジネス」に記事を書き、それをベースに『世界の伸びている中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』でも紹介したのが同社と関わり合いのはじまりでした。2014年時点と比較すると同社の売り上げは3倍以上に拡大しましたが、基本、クチネリ氏が真善美を語るトーンはこの10年間でほぼ変わっていません。いつ話を聞いても、いつも同じ話をします。それが彼のビジョンの確かさの証です。
本連載ではこのようなラグジュアリーの新しい動向をとらえ、これまで中野さんと38回を更新してきました。しかし、今回からお相手いただく方が変わります。昨年末、いくつかの本の執筆を優先させたいという中野さんのご意向をうかがったとき、連載終了も含めて考えましたが、「今の状況でやめてはいけない。1人で連載を書き続けよう」と思い、年を越しました。
というのも、かなり歪なラグジュアリーへの解釈も見聞きするからです。表向き新型ラグジュアリーを目指したいと言いながら旧型ラグジュアリーを熱烈に礼賛している、というようなねじれがみえます。しかも、そのねじれに気づいていない。
言うまでもなく、旧型ラグジュアリーが継続的に市場で存在感を示し続けるだろうとは思いますが、そこにラグジュアリーのすべてが留まるのも違う、というのがぼくの見解です。「ラグジュアリーは新しい文化をつくる」と話した、ロンドンのサザビーズ・アート・インスティテュートでラグジュアリーマネイジメントを教えるフェデリカ・カルロット氏の意見を強く支持する理由が、ここにあります。