Forbes JAPAN2月号は、「『地球の希望』総予測」特集。戦争、気候変動、インフレなど、世界を揺るがすさまざまな事象が起きる「危機と混迷の時代」。2024年の世界と日本の経済はどうなるのか? 世界で活躍する96賢人に「今話したいキーワード」と未来の希望について聞いた。
米中対立が激化した今、主戦場になっているのが経済安全保障をめぐる競争である。さらにロシアのウクライナ侵攻、ガザ・イスラエル紛争など安全保障に関わる問題、地政学、地経学リスクが企業の事業活動に深刻な影響を及ぼしている。2023年10月、シティグループのジェーン・フレイザーCEOはESGの新しいSはSecurity(安全保障)だと述べた。
2023年の経済安全保障で話題になったキーワードが「デリスキング(de-risking、リスク軽減)」。これは3月、ウルズラ・フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長がEUと中国との関係は外交を通じたデリスキングを重視する、と述べたことに端を発する。
それ以降、米国のバイデン政権幹部もデリスキングに言及し始め、7月のG7広島サミットでは、デカップリングでなく、デリスキングと多様化に基づく経済安全保障を目指していくことがG7首脳コミュニケ(共同声明)に書き込まれた。
トランプ政権下の米国で、中国の脅威をことさらに強調し、大統領周辺の補佐官たちが言いはやしたのが「デカップリング(切り離し)」という言葉だった。政治的スローガンとして派手に語られたデカップリングだが、意外にも、トランプ大統領(当時)本人がデカップリングに言及したことは、ほとんどない。ペンス副大統領(当時)は2019年10月、米国は中国とのデカップリングを望んでいないと明言していた。デカップリングがトランプ政権で具体的な政策として実行されていたとは言いがたい。
トランプ政権が重視していたのは、過度な対中依存の解消だった。中国リスクの高まりをうけて、情報通信・監視機器や半導体など限られた物資をめぐる厳しい輸出入規制が広がっていった。
2018年、米国議会で国防授権法NDAA2019が成立。この法律によりファーウェイなど中国ハイテク企業5社の政府調達が禁じられた。背景には、民間企業の技術をテコにした世界中でのデータ収集や軍事活動への転用、さらに新疆ウイグル自治区における中国政府による監視、それに伴う人権侵害などの懸念があった。
NDAA2019の成立は、日本でも経済安全保障の議論に火をつけた。しかしその後も米中の貿易・投資が完全に切り離されることはなかったし、ファーウェイについても4Gなど従来型の通信機器については商取引が続けられた。
世界で「トランプのデカップリング」が声高に論じられていた間も、中国はグローバル・サプライチェーンで欠かせない存在であり、世界GDPの15%超を占める巨大な市場であった。しかし過度な対中依存にひそむリスクが広く認識されるようになっていった。