政治

2024.02.27

「報連相」に国境なし、日英M&Aの識者が説く海外進出の黄金律

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海外M&Aはここ数年、増加傾向にあるという。国外企業の買収、国外への投資について興味あり、といったビジネスパーソン諸氏も少なくないはずだ。しかし、乗り越えねばならぬハードルはいくつもあるし、また、たとえいったん「着地」ができても、継続的な成功のために知っておかねばならぬリテラシーのレベルも低くはない。

以下は、海外進出はどうしたら成功するのか? 継続的に現地で高評価を得続け、投資効果を持続するために絶対にふまえておかねばならないポイントは何かについての、セーラ・パーソンズ(Sarah Parsons)氏による寄稿である。

パーソンズ氏は、日本に進出を考える英国企業へのコンサルティングを20年間にわたって行う「ジャパン・イン・パースペクティブ社」社長であり、在英国日本大使館主催の「英国ジェットプログラム(語学指導等を行う外国青年招致事業)同窓会」英国会長でもある。


日本企業が英国で買収や投資を行う際に起きている問題の多くは、英国の現状を日本本社が理解していないことに起因することが多い。日本企業が英国でM&Aを成功させ、英国国内で高い評価を得るためには、現地の現在の企業環境と、社会的・政治的背景を含む関連業界の立ち位置を把握する必要がある。

つまり問題の多くは、英国における組織運営についてのデューデリジェンスの不足と、情報共有の文化や長期的事業開発・人材育成の方法に関する文化的乖離があることが原因なのである。

英国では、ROI(投資収益率)を短期で実現・回収しようとする傾向がある反面、複数企業の労働者に対する非倫理的な運営があばかれ、地域社会に対するCSR義務を企業に履行させようとする世論が高まっている。そのため、経営トップと労働者の間に徐々に不信の文化が生まれており、日本とはまったく異なるビジネス環境が形成されつつある。

なにしろ英国の労使関係は1970年代以来最悪といっていい。非倫理的な企業行動をとる組織(業績不振の鉄道会社の例 、あるいは汚水の不法投棄があかるみになった高債務の水道会社の例など)に対する悪評は、英国史上最高水準にある。

このような環境下の英国で、買収や投資をすみやかに成功させ、長期的によいレピュテーションを構築するために日本企業が留意すべき重要なポイントを以下に挙げる。

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-買収する企業の企業文化を理解し、移行を容易にするためにスタッフ・トレーニングに投資すること。ある大手日本企業による英国企業買収を見た経験があるが、その日本企業の企業行動が正しくなかったために、買収された側の従業員は買収と日本人駐在員に対して非常に敵対的だった。

- 「カイゼン」などの日本のビジネスコンセプトを活用して、根本原因の分析と改善を実施し、ミスや欠陥の責任はきっちり取ること。このプロセスに両社の信頼関係と長期的な関係構築、そして徹底した情報共有が不可欠であることはいうまでもない。そして、買収先との徹底した情報共有のために「ホウレンソウ「=・連・相」を確立することで、英国側も会社の意思決定プロセスに関与していると感じることができるようになる。

- 現地の政治環境に精通すること。英国では来年までに政権交代が予定されており、倫理的で従業員に優しい企業行動がより重視され、技能研修や従業員教育への投資も増えるだろう。

- 現地における実業界と政府の関係を理解すること。日本では、歴史的に実業界と政府との関係が密接であったため、財政的に無責任な企業や、恥をかかないためにミスを隠蔽した企業に対して、政府が補助金を出したり支援したりすることに一定の寛容さがある。

しかし、英国ではそうではない。民間企業は「業績を上げるか」「解散するか」、2つに1つだ。英国政府が入札プロセスを通じて受注した契約についてデューデリジェンスを行うだろうとか、公的企業がより責任ある行動をとるだろうなどと、誤解してはならない。これは、​​2021年におきた「新型コロナウイルススキャンダル」(保守派議員10人が新型コロナウィルス用個人防護具(PPE)の契約落札について、47企業に不正な優遇措置をしていたことが明るみにでた事件。優遇率は実に10倍、当該47企業は総計16億ポンド相当の契約を獲得していた)でも明らかだ。

- その企業や事業の倫理的環境、およびその業界における競合企業の行動を調査すること。たとえば過去、住友商事と大阪ガスは、英国の水道事業会社Sutton and East Surrey Water社を買収し、その後撤退した その後撤退したが、失敗の理由は買収のタイミングだった。この業界はすでに老朽化したインフラへの過小投資に苦しんでおり、河川への違法な汚水投棄にも関与していたのだ。買収は、汚水の不法投棄が発覚し、それに対する市民の大規模な抗議が起こった時期と重なった。

- 英国における世論の力と社会環境の変化を過小評価してはならない。英国では大きな不平等が生まれつつあり、生活費の危機が深刻化している。つまり、非常に裕福で巨額のボーナスを得ている人々が、罪のない慎ましく勤勉な人々を破産させていると見られると、国民の怒りにつながりかねないのだ。

他の従業員が刑務所に入る犠牲の上に莫大なボーナスを得る──こういった不正さは英国国民を非常に動揺させる。日本ではこのような行動はそもそも容認されないだろうが、日本では不平等がそれほど大きくなっていないこと、そして上下関係を重んじ、和を尊ぶ風潮が強いため、あるいはこのような行動に対して、「ショーガナイ」という諦めの態度がとられることもあるかもしれない。

- 効果的な評判の構築、PR、戦略的コミュニケーションに投資すること。日本では企業活動に対する信頼がもともと英国よりはるかに高いことと、「自らの利点を吹聴する」ことを嫌う文化的背景があるため、英国ほど広報活動を重要視しない傾向があるが、英国では非常に重要な鍵である。

日本企業が対英投資で技能訓練や見習い制度、文化的啓蒙など、地域社会に多くの付加価値をもたらしている例は多くあるのに、しっかりPRしている日本企業はあまり見かけず、どちらかといえば控えめで日本的なCSRアプローチをとっている印象がある。より広いコミュニティへの投資を、USP(自社ならではの価値をマーケティングすること)ではなく企業の「義務の一部」とみなすことは、あまりにも謙虚な傾向である。

すでに複数の例がみられるように、日本企業が英国内での研修や教育に継続的に投資すれば、英国内での企業評価が高まり、大きなビジネスチャンスにつながる可能性がある。

たとえば富士通の「教育アンバサダー・プログラム」は、英国内の学校、カレッジ、大学と提携し、学生や教育者のデジタル・スキル向上目的にした取り組みで、若者のキャリア支援に大きな成果を上げている。

これは、富士通のような企業が英国での評判を回復するための完璧なプラットフォームとなるだろう。しかし、日本企業はPRや戦略的コミュニケーションは文化的なものであり、日本で通用するものが英国で通用するとは限らず、「面子を保つ」ことは英国では通用しないことを認識する必要がある。


日本からの投資が英国にとって重要であることはもちろんだ。だがこの不透明な時代、とくに政権交代が目前に迫っている今、日本企業は、企業が実際に何のために存在し、株主や経営陣ばかりでなく、「誰に奉仕するのか」(従業員、顧客、地域社会への責任を忘れてはならない)という哲学とともに、ステークホルダーモデルのガバナンスを取り入れるべきだろう。

カルビーの松本晃社長は次のように言っている。「株主は、顧客、従業員、地域社会に次いで、優先順位の4番目に位置する。彼らを無視し、会社の大義に集中することによってのみ、彼らのニーズに応えることができるのです』。

日本企業はまた、より社会的に容認されやすいCEO報酬を設定するべきだ。不平等を助長し、企業の倫理戦略をはじめとする企業行動やステークホルダーへの責任の重さにまったくそぐわないボーナス体系に日本企業を従わせようとする、欧米のコーポレート・ガバナンス擁護者からの圧力に屈してはならない。

セーラ・パーソンズ(Sarah Parsons)◎英国のリンカンシャーに拠点を置くイーストウエスト・インターフェイスのマネージング・ディレクターで、企業の異文化コミュニケーションと戦略をサポートしている。これまで多くの大手日系企業や在英日本人エグゼクティブと仕事をしてきた。また、英国広報協会(Chartered Institute of Public Relations)のアソシエイトでもあり、SOAS、シェフィールド大学、ウォーリック大学、クランフィールド大学などで日本ビジネス、異文化コミュニケーション、国際人事管理、労使関係について講義を行っている。

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