教育

2024.02.06 07:30

年学費2000万円。「多様性が強制的に作られる」スイス寄宿中学に学んで

「リセウム・アルピニウム・ツオツ」に学び、現在は帰国してスイス領事館に勤務する小谷みなみ氏

「リセウム・アルピニウム・ツオツ」に学び、現在は帰国してスイス領事館に勤務する小谷みなみ氏

教育の文脈において、「スイス留学」は富裕層子弟のシグニチャー的なブランド、というイメージが強い。
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中で、「Swiss Learning」はスイスの寄宿学校16校が集結し、世界から寄宿生を募る組織だ。うち14校が高校まで、2校は大学にあたる学校だ。日本事務局 は、世界でも初の海外事務局として開設された。公表されているところでは、芦田淳氏の娘多恵氏やYahoo! 前社長の小澤隆生氏の子息らもスイスに学んでいる。年学費は現在の換算で2000万円〜、というので、一般家庭の子弟が入れる寄宿学校では到底ない。

スイスは、10年住まないとパスポートは取れない。しかし、18歳までだと時間が「倍速計算」され、5年でパスポートが取得できるという。感性が柔軟なうちは現地文化にも順応できる、言語の取得も成人より速い、というのが理由だ。

ロシア、東欧、中東、アフリカ、インドなど、王族をはじめ富裕層の子弟が集まるというこの「Swiss Learning」の1校、「リセウム・アルピニウム・ツオツ」に通い、現在は帰国してスイス領事館に勤務する小谷みなみ氏に、慶應大学の現役大学生である筆者が話を聞いた。
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なお小谷氏は中学2年まで日本の中学校に通い、その後スイスに編入している。


なぜスイス留学が注目される?


まずは、留学先としてスイスを選んだ理由を聞いてみた。

「なんといっても、英語が母国語でない国なので、先生方が、英語が得意でない生徒のサポートに慣れている、という環境を魅力に感じました。

英語を母語とする人たちはだいたいアメリカやイギリスに行ってしまうので、スイスには英語があまり達者でない子もたくさんいる、なのでそういう子への支援が手厚い。全員にIELTSやTOEFLなどの英語の試験を受けさせ、しっかり英語力をつけさせるんです。

「Swiss Learning」加盟校の1つ、ボー・ソレイユ

「Swiss Learning」加盟校の1つ、ボー・ソレイユ

また「Swiss Learning」加盟校では国籍ポートフォリオを重要視し、国別に定員を設けているのですが、日本人留学生が少ないので、比較的入りやすいということもありました。たとえば中国人だとキャンセル待ちでしたね。もちろん学校によりますが、私の通ったリセウム・アルピニウム・ツオツでは、1番多い時で日本人学生が全校で5人でした。

また、英語だけでなく、ドイツ語やフランス語、イタリア語、そして言語人口2万人という希少言語の、『ロマンシュ語』にも触れることができましたね」

5つの国に囲まれているという地理的要因から、語学力を磨く機会に恵まれていることも、スイスが留学先として人気を獲得している理由なのかもしれない。

人生は「きっかけ」ひとつ

そんなスイスの教育制度について、さらに聞いてみた。

スイスをはじめとする海外では、大学入学に際して国際バカロレア(IB)などの資格取得が要求される。この資格は、従来の試験一発型ではなく、考える力や課外活動も重要視される点が特徴的だ。CAS(Creativity=創造性, Activity=活動, Service=奉仕)と呼ばれる課外活動では、地域のコミュニティとの交流などの道徳的な活動も評価の対象だ。

ここで1つ疑問が浮かんだ。単位取得のために道徳的な行いをするのは、果たして本質的な学びと言えるのだろうか。

「ボランティアのきっかけ作りとしてはすごくうまくいっていると思います。

確かに、単位のためにボランティア活動をするというのは、動機としては、あまり美しくはないかもしれません。

でも仮にその単位のためのモチベーションがなかったら、一生やらないんじゃないでしょうか。まずはアクションを起こすことが大事だと思うんです」

課外活動では、何カ月もかけてしっかりと取り組んだ「ポストカード作り」のプロジェクトから、簡単な工作や刺繍、玉ねぎで布を染めるという取り組みまで行ったという。それらすらも1つの単位として認められたというから驚きだ。

たとえ最初のきっかけが単位のためであっても、そこから新たな興味が生まれるかもしれない。強制的なきっかけ作りによって、生徒の可能性を広げているのだ。

「青い鳥」は追いかけない

ところで日本では、「インターナショナルスクールでは暗記に頼らない」という言説が1人歩きしがちだが、思考力の前提となる知識も重要なようだ。

「暗記は絶対に必要です。主要な知識は全部頭に入っている段階で、『そこから何を書けるか』が重要なんです。暗記して、英語ができて、それからさらにその知識を使ってどう考えるかってところが問題になってきますね」



言語力や思考力に加え、その前提となる知識も身につけさせる。これが、スイスのインターナショナルスクールに、世界の教育熱心な大富豪が注目する理由の1つかもしれない。

このような充実した教育的土壌のもとで学んだ小谷氏に、日本に帰国して閉塞感や違和感を感じないか、聞いてみた。

「多分、日本だけでなくどの国でも感じますね。そのことに気づけたのは大きいと思います。『青い鳥症候群』は免れましたね(注:「青い鳥症候群」=精神科医清水將之が、メーテルリンクの童話『青い鳥』にちなんで自著『青い鳥症候群 偏差値エリートの末路』で提唱、命名した概念。理想と現実とのギャップに強い不満を感じ、憧れを追い続けるような傾向を指す。「天職」を求めて転職を繰り返す若者を指して用いられることもある)。

留学を通して、『どこに住もうと何をしていようと、一定の悩みは尽きない』ということが理解できました。その中で、最善の選択をできるように努力できたらいい。言い方を変えれば、ある種のよい意味での『諦め』ともいえるかもしれません」

誕生日に花火師! 「馬」の家系図!


多様なバックグラウンドを持つ、といっても、年間学費2000万円の全寮制中高には、いったい、世界からどんなレベルの富豪の子弟が集まっていたのか。

「実家に、美術館に所蔵されていてもおかしくない価値の現代アートとエレベーターがあったり、1足15万円もするルブタンの靴が流行っていたり、ある夜、突然花火が上がってびっくりしたら、誕生日のために親が花火パフォーマーを雇っていたということがあったり──。

ほかにも、実家が所有している50頭以上の馬の家系図を作っている生徒がいたり、実家が『お城』だったり、使っているiPadの壁紙の写真が、親が持っている自家用機だったり……。試験直前に、寮では勉強に集中しにくいだろうというので、親が近くにアパートを借りた、という友だちもいましたね、家政婦さんつきで」

小谷氏から飛び出すリッチなエピソードの数々。そこには想像を遥かに絶する別世界が広がっていた。

──取材の中で、スイスのインターナショナルスクールでは「生徒の国籍が多様であるように必死に調整している」という小谷氏の言葉が印象的だった。しかし、「調整された」多様性は、本質的といえるのだろうか。

「もちろん入学の基準は国籍だけではなく、生徒とのインタビューが重視され、学校が積極的に生徒の入学意欲や何を学びたいかを聞くのも受験の特徴です。ただたしかに、入学の基準のひとつが国籍でもあることは、不平等と言われても仕方がないですね。

でも、考えてみてほしいのが、現状完璧なシステムがない以上、なんらかの方法で『妥協』しなければならないこと。誰にとっても平等な技術やシステムができない限り、この不平等は必要悪、ともいえるのではないでしょうか。

とくに、私立のインターナショナルスクールでは、高額な学費を支払うことで、生徒が勉強する国際的な環境を担保することも、経営上の戦略となっていると思います」

では、このように多様性に恵まれた環境を親が望むのはなぜだろう。この環境は、子供にとってどうプラスに働くのだろうか。

「私が『世界は等しく多様』であることを悟ることができたのも、この環境があってこそです。

性別・国籍などのバックグラウンドが異なる人たちに囲まれていると、自分と相容れない価値観に出会った時に、攻撃するのではなく、距離を置くなどしてうまく対応していく寛容さが身に付きます。

また、十人十色の個性に囲まれていると『自分のアイデンティティは、果たして何だろう。自分は何を大事にして生きていくべきなのだろう』と主体的に考えるようになります。自分のスタイルを見つける上でも、多様な環境は本当に大切なのです」

多様性に満ちた環境は、生徒が自らのアイデンティティを見つけるための道標となり、創造性を養う基盤となるといえるのかもしれない──。

スイスの「年間学費2000万円」の全寮制中高の実情を覗いてみると、そこには、生まれた国だけで学んでいれば体得できないかもしれない、実に本質的な学びがあった。

取材はForbes JAPAN編集部で行われた

取材はForbes JAPAN編集部で行われた

取材・文=神谷果歩 編集=石井節子 撮影=藤井さおり

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