ちょうど甜菜の収穫と製糖の書き入れ時だった。甜菜は別名砂糖大根という。大根というより大きな蕪のようだが、ホウレン草の仲間である。濃い緑色の葉は、確かにホウレン草に似ている。
畑から10tトラックで運ばれた甜菜の根は、製糖工場で荷受けされる。作業は豪快だ。地上の機械装置でトラックごと斜めに傾け、荷受け口にゴロゴロと搬入。洗浄した甜菜を短冊状に裁断し、これを何種類もの砂糖にまで加工するのが工場の役割だ。
ここでも異常気象と地域経済の停滞、社会構造の変化、人口減が影を落としている。
2023年の甜菜の糖分含有率は猛暑で平年より2割ほど低く、製造効率が低下している。原料代や諸経費が高騰しているので売値も上げざるをえない。さらに人手不足が深刻だ。製糖工場の稼働は1年のうち3カ月ほどである。9カ月は甜菜栽培農業の期間が中心となる。従前は生産農家と製糖業で人材を共有していた。農繁期は生産に、農閑期は工場に、という循環だった。これが崩れかかっている。工場労働を嫌う若者、そこまでして働く必要はないというZ世代の意識変化が顕著なうえ、そもそも農家に人が集まらない。底流には人口減問題もある。しかも地元にはこれといった産業が乏しいため、地域経済は非常に厳しい。
この地域では高齢化も進む。商店が駅近くに集中しショッピングセンターは郊外だ。タクシーは圧倒的に少なく、駅で呼んでも1時間はかかる。80歳を過ぎても独居者は車を運転しないことには生活できない。都会の感覚で、高齢者の運転免許返上を簡単には推奨できないと感じる。
北海道から2000km。九州は大牟田市である。戦後、炭鉱を中心に工業集積地として栄えた面影はない。駅前の一等地はさら地になって枯れ草が覆う。かつて大勢の酔客で賑わった「大牟田銀座」には人影がなく、老犬が一匹よたよた歩いている。人口は30年前の15万人が、いまや10万人を割り込もうとしている。気を吐く地元中小企業は、商圏を全九州から関東にまで伸ばしているが、地元経済自体は低落に歯止めがかからない。
こうした日本南北の「ラストベルト」は全国に広がっている。それゆえ地域振興が声高に叫ばれ続けており、ふるさと納税のような奇策も投入されている。政府も自治体も、補助金や観光振興、子育て支援、ベンチャー誘致等々、工夫を凝らすが、決め手を欠くのが現状である。また、地域特有の難しい利害関係や革新的な施策への根強い抵抗勢力の存在も悩ましい。地方再生が一筋縄ではいかないことは確かだ。