経営者に必要な“人としての厚み” を与えてくれる推理小説 [CEO’S BOOK SHELF]




梅田弘之 システムインテグレータ 社長

皆さんは、なぜ本を読むのでしょうか? 仕事のため、知識を広げるため、趣味のためなど目的は人それぞれでしょう。

私は、幼い頃からよく本を読みました。小学生の頃、たくさんの本を読んでいたことを褒めてくれた先生の一言がきっかけで読書熱はさらに上昇し、歴史や伝記などジャンル問わず読みあさりました。中学・高校になると、ロシア文学やアメリカ文学などさらに幅広い本を読むようになっていました。

成長の過程で読む本は、「幅広い」人間性を形作るために欠かせないアイテムのひとつです。

もちろん社会人になっても本は欠かすことのできないものですが、「幅を広げる」から、「深さ」を追求するためへと役割が変わっていきます。これは、多くのビジネスマンに共通することかもしれません。様々なジャンルの本を読んでいた私も、気づけば仕事中心の読書をするようになり、特にフィクションは全く読まなくなっていました。

1996年に3人で創業してようやく一息ついた頃、気持ち的にも少し余裕ができたからでしょうか。不意に、本書を手に取りました。

本書は、推理小説でありながら、クレジットカード・サラ金問題の闇に切り込む経済小説でもあります。借金が原因で一家が離散した家庭で育ったヒロインの喬子は、取り立て屋に追われるという辛い経験から、自分の過去を消して他人になろうと画策します。哀しさと社会問題の深さを感じさせてくれる、スリリングなストーリーも魅力のひとつですが、他人になりすましたヒロインが物語の最後にしか登場せず、関係者の言葉でのみヒロインが語られるいう展開が、逆にヒロインの感情を強く浮き上がらせ、より人間味を感じさせてくれます。

その人間味溢れる内容が、驚くほど私を夢中にし、読書の面白さを再確認させてくれました。同時に、仕事で堅くなっていた頭をやわらかくしてくれたのです。

日本の経営者の多くが、趣味は仕事だとおっしゃいます。もちろん多くの社員や関係者全てのためにそれも必要なことです。しかしながら経営者には、人としての厚みも必要です。厚みのある魅力的な人は、やわらかい頭で人の思いを理解し、なおかつ周りから共感を集め、どんな時でも応援してもらえるのです。

私は、できる限り定時に会社を退社することにしています。部下が帰りやすい環境を作ることも目的のひとつですが、私自身、読書をしたり、友人たちと美味しい料理を楽しんだり、家族とゆったり過ごす時間が、私に充実感と厚みを与えてくれるからです。

仕事に時間を奪われるのではなく、やわらかい頭で過ごせるゆとりある時間を作りましょう。その時間が仕事をさらに充実させてくれるはずです。

火車
新潮文庫
990円+税/704ページ


◎宮部みゆき
1960年、東京生まれ。
87年「我らが隣人の犯罪」でオール讀物推理小説新人賞を受賞。89年『魔術はささやく』で日本推理サスペンス大賞を受賞。92年『龍は眠る』で日本推理作家協会賞、『本所深川ふしぎ草紙』で吉川英治文学新人賞を受賞。93年『火車』で山本周五郎賞、99年には『理由』で直木賞、2001年『模倣犯』で毎日出版文化賞特別賞、07年『名もなき毒』で吉川英治文学賞を受賞した。

内田まさみ = 構成

この記事は 「Forbes JAPAN No.13 2015年8月号(2015/06/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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