アート

2024.01.31 17:00

来たれ異彩作家! HERALBONY Art Prizeがひらく、障害とアートの新時代

左より東京藝術大学長・日比野克彦、へラルボニー代表・松田崇弥、金沢21世紀美術館チーフ キュレーター・黒澤浩美

左より東京藝術大学長・日比野克彦、へラルボニー代表・松田崇弥、金沢21世紀美術館チーフ キュレーター・黒澤浩美

知的障害のある作家と社会をつなぐ「福祉実験カンパニー」のヘラルボニーが、国際アートアワード「HERALBONY Art Prize」の創設と開催概要を1月31日発表した。なぜアートアワードを開催するのか、これによって目指したい未来の社会とは何か。
 
へラルボニー代表の松田崇弥(写真中央)、審査員に就任する東京藝術大学長・日比野克彦(写真左)、金沢21世紀美術館チーフ キュレーター・黒澤浩美(写真右)の3人が語り合った。



松田崇弥(以下、松田):双子の兄・文登と共にヘラルボニーを設立してからちょうど5年が経ちましたが、一年ほど前から海外進出を視野に入れてヨーロッパを訪れる機会がありました。そこでオランダのカフェチェーン店やフランスのシャンゼリゼ通りで障害のある方が普通に働いている姿を目にして衝撃を受けたんです。日常のごく当たり前の風景として街に溶け込んでいる。世界中の福祉施設をまわる中で実感したのは、こうした働き方のみならず、障害のある方のアートの表現や可能性、つまりは「異彩」の多様性です。
 
そこで、「世界中の『異彩』を称賛するアワードをつくりたい」「障害のある作家の社会参画をもっともっと実現させたい」と強く思うようになりました。ヘラルボニーでは、2年前から1月31日を「異彩(イサイ)の日」として、異彩が当たり前に存在する世界に向けた企業アクションを行っています。そこで、今年はそのタイミングに合わせ「HERALBONY Art Prize」の開催を発表したんです。
 
日比野克彦(以下、日比野):私の行うアートプロジェクトや活動が目指す部分とも通じるものがあると感じています。それは、アートの力で一人ひとりの違いを受け入れ合い、多様性ある社会を築くこと。へラルボニーのアドバイザーである黒澤さんから審査員の打診があり、喜んでお引き受けしました。
 
黒澤浩美(以下、黒澤):今回のような国際的なアワードは、面白い表現やユニークな活動、色々な考え方や生き方に出会えるひとつのチャネルとして、すごく楽しそうだなと感じています。その第一回目にご一緒できることを、とてもワクワクしています。
審査員はほかに「アール・ブリュット」界の中心的存在として、世界に異彩作家の存在を発信し続けるギャラリーの創設者クリスチャン・バーストさん、LVMH メティエ ダール ジャパン ディレクターの盛岡笑奈さんにも加わっていただきます。
 
松田:審査員の皆さまのお力添えにより、応募された作品がきちんと適切な評価を受けられるアワードになるのではと感じています。これから地道に開催を積み重ね、10年先には国際アートアワードのひとつとして認知してもらえるようになりたいと考えています。

アワードで発掘した才能を、さらにフォローする


黒澤:芸術やアートと聞くと、「美術教育を受けた人がプロ、あるいはアマチュアとして世の中に作品を発表するもの」と考える方が多い。ただ、それはあくまでひとつのルートなんです。広い世界には「正規の美術教育」から外れた、たくさんの素晴らしい表現や才能が存在しています。だとすれば、それを発掘する場として、このようなアートアワードを開催するのはとても意義のあることだと思います。
 
日比野:僕自身、コンペがなかったら今の自分はないですよ。デビューしたのは1982年の「第3回日本グラフィック展」。段ボールを使った作品で大賞を受賞したのがきっかけです。単にアーティストの卵がプロに審査されるだけではなく、同じビジョンを持つ者たちが出会い、そこから新しいものや文化が生まれる。それはコンペの大きな意義の一つだと思います。
 
日本では一時期、いわゆる障害者の表現を「アール・ブリュット」展などとして盛んに取り上げていましたが、いまはそれが少し落ち着つきました。ですから、この分野で新しい出会いと新しい潮流をつくるためにも、「HERALBONY Art Prize」が開催されるのは満を持して、という感じがします。
 
黒澤:同感です。美術館もインクルーシブな視点を意識していた時期がありましたが、いま、それはもう当たり前のトレンドになっている。一過性のものにしないようにしなければならないですね。今回も「盛況なアワードでした」で終わらせるのではなく、作品や作家に対してどのような針路を示せるのか、そのフォローアップの仕方についても継続的に考えていきたいです。
 
松田:まさに今回のアワードでは、審査・表彰・展覧会を行って終了するのではなく、作家・作品をさらにブランディングするストーリーを考えています。今回、ゴールドスポンサーとして、東京建物株式会社様、株式会社サンゲツ様、東日本旅客鉄道株式会社様、株式会社ジンズ様、株式会社丸井グループ様など、多くの企業に協賛いただいています。

「HERALBONY Art Prize」は単なる賞の授与だけではなく、受賞作家(作品)と企業による、サスティナブルな取り組みに繋げていきたいです。

HERALBONYの "H" と、Art の "A" を組み合わせたシンボルマークは、ヘラルボニー・アート・プライズの「主役である作家」を照らす「スポットライト」をイメージしている

HERALBONYの "H" と、Art の "A" を組み合わせたシンボルマークは、ヘラルボニー・アート・プライズの「主役である作家」を照らす「スポットライト」をイメージしている

社会の価値体系を変えるアートアワードにしたい


黒澤:先ほどアートには「正規の美術教育」を受けた人の表現と、そうではないアウトサイドからの表現があるという話をしましたが、私はこうしたカテゴライズに疑念を持っているんです。障害者とそうではない人とを線引きした「アール・ブリュット」、ジェンダーで線引きした「“女流”画家」といった括り方はできない時代です。特にアート分野においてはなだらかなグラデーションが必要です。ジャンルや分類といった分け方は、あくまで社会が一方的に決めていることなんですから。
 
日比野:たしかに以前は「アール・ブリュット」の定義は何か、という議論が日本でもたくさんなされていましたが、いまはあまり聞かなくなりましたね。黒澤さんのおっしゃる通り、表現者は自分を分類することから始まっているわけではなく、描きたい、描いたものを見てほしい、というピュアな欲求や情動から始まっています。そのモチベーションをサポートすることが、アワードや展覧会には何より大事だと思います。
 
松田:今回のアワードでも特に「アール・ブリュット」と大々的には謳っていません。その一方で、知的障害があったからこその表現、そのアイデンティティに基づく表現は存在すると思っています。そういう意味で、今回はそうした個性に基づく「異彩」を発掘したいと考えています。
 
黒澤:へラルボニーが掲げるミッションも「異彩を、放て。」ですからね。
 
松田:「異彩」とは、異なる彩り。ヘラルボニーでは、違いこそが面白い、普通じゃないことは可能性である、ととらえています。
 
日比野:大きな違いから小さな違いまでいろいろありますが、自分と同じ人間はひとりもいない。そう考えると、全員が異彩。例えば、色鉛筆って12色、24色が売られていますが、色自体にはもっとグラデーションがあって100色、1000色と存在します。人間も同じで、世界に80億人いるとしたら、80億色あるわけです。つまり80億通りの価値があるということ。アートは「違って当たり前」、人間も「違って当たり前」ということが伝われば、このアワードの社会的な意義も大きくなるでしょうね。
 
松田:さらにはこのアワードで生まれたスターが、結果としてマーケットにも評価されるような未来に繋がったらうれしいです。世間にとってのわかりやすい物差し、事例は重要でしょうから。ただ、もちろん、それだけが正しいというわけではないと思っています。
 
日比野:アート市場というと経済や株価と密接な印象がありますが、世の中にはそうではないアートがたくさんあります。日常の豊かさの文脈で求められるアートだったり、それこそ今回の「HERALBONY Art Prize」に集まるアートだったり。これから注目すべきは、そんなアートが集まる新しい市場のカタチではないでしょうか。新しいアートの価値、市場、役割というもののスタートに期待したい。ルーブル美術館とかメトロポリタン美術館とかMoMA(ニューヨーク近代美術館)とか、既存の権威やマーケットによる評価を超えた、それ以上にもっとスケールの大きなところ。
 
黒澤:いいですね、痛快です(笑)。作品を置く場所だって、それにふさわしい場所ならば家の中の神棚でいいわけです。アートだからこそ、既存の価値体系を揺さぶる力があるのです。
 
松田:そうですね、社会の価値体系を変えるアートアワードにしたいです。憧れを持たれる・称賛される機会がとても少ないのが、障害のある方、特に知的障害のある方の領域。「HERALBONY Art Prize」の開催を通じて、「異彩」を称え、広めることが当たり前に行われる社会に変えていきたい。
 
そして、普段アートとあまり関わりのないような人たちが、異彩作家や異彩作品に何気なく触れて「かっけーじゃん!」と驚くような世界を目指したい。国内外にいる異彩作家の皆さん、そんな世界の実現のための第一歩を一緒に踏み出しましょう。


HERALBONY Art Prize 応募方法
公式ウェブサイト上の専用応募フォームからご応募ください。 
特設サイト(日/英):
日版:https://artprize.heralbony.jp
英版:https://artprize.heralbony.jp/en/
 

■プロフィール
 
まつだ・たかや◎株式会社ヘラルボニー代表取締役。小山薫堂が率いるオレンジ・アンド・パートナーズにてプランナーを経て独立。4歳上の兄・翔太が小学校時代に記していた謎の言葉「ヘラルボニー」を社名に、双子の松田文登と共にヘラルボニーを設立。「異彩を、放て。」をミッションに掲げる福祉実験カンパニーを通じて、福祉領域のアップデートに挑む。ヘラルボニーのクリエイティブを統括。東京都在住。双子の弟。世界を変える30歳未満の30人「Forbes 30 UNDER 30 JAPAN」受賞。
 
ひびの・かつひこ◎1958年岐阜市生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科修了。1982 年第3回日本グラフィック展大賞、1983年第30回ADC賞最高賞、1986年シドニー・ビエンナーレ、1995 年ヴェネチア・ビエンナーレ出品。1999年毎日デザイン賞グランプリ、2015年文化庁芸術選奨芸術振興部門文部科学大臣賞受賞。2007年より東京藝術大学教授。2022年4月より東京藝術大学長に就任。他の主な要職として、岐阜県美術館長、熊本市現代美術館長、日本サッカー協会社会貢献委員長を務める。

くろさわ・ひろみ◎金沢21世紀美術館チーフ・キュレーター、株式会社へラルボニー アドバイザー。ボストン大学卒業後、水戸芸術館、草月美術館を経て、2003年金沢21世紀美術館建設準備室に参加。建築、コミッションワークの企画設置に関わる。2004年の開館記念展以降、多数の展覧会を企画。国内外で活躍する現代美術作家と作品を紹介。ミュージアム・コレクションの選定や学校連携や幅広い年齢の来館者に向けた教育普及プログラムも企画実施。

構成=鈴木里映 写真=荻原伴彦

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