名古屋市の医療ソーシャルワーカーで乳がん患者の守口由紀さん(48)=かわな病院相談室長=もその一人だ。医療の知識はあっても、実際に患者になって感じた喪失感は、想像を絶するほどハードだったという。セカンド・オピニオンを受けて前向きな気持ちを取り戻し、家族の応援を受けながら治療を続ける今、自身の体験を役立てたいとミドル世代向けの患者カフェの開設を準備している。
突然の痛み「髪が抜けるのが絶対に嫌です」
2019年5月の夜のこと。守口さんは自宅で元SKE48の矢方美紀さんの映像日記ドキュメンタリー「26歳の乳がんダイアリー」(NHK)を見ていて突然、右胸の強い痛みを感じた。以前からしこりが気になっていた場所だ。「まずい」と直感した。乳腺クリニックを受診。マンモグラフィー検査を受け「ほぼ乳がんで間違いない。リンパ転移もしていると思う」と告げられた。
心の整理がつかないまま受診した拠点病院の女医さんは、いくつかの検査データを眺めながら「胸の骨の微少転移があるので、ステージ4です。根治治療ではなく延命治療を進めていきます」と淡々と説明した。切除手術はせずに、抗がん剤やホルモン剤で抑えていくという。「周囲の景色が一変してしまうようなショック」を受けた。
動揺する中で「あなたにとって一番大事なことは?」と尋ねられ、反射的に「髪が抜けるのが絶対に嫌です」と答えていた。
子どものころから髪にこだわりがあり、中学のバレーボール部に入ったときは「ショートにしろ」と言われて必死に抵抗したほど。
まだ若い女医さんは「今はいいカツラがいっぱいあるし、心配ないですよ」と励ましたが、「カツラ」という語感が強烈で、涙が止まらなくなった。
「たぶん、ウイッグという言葉だったら、全然違ったんでしょうね。迷惑な患者だったと思います」と守口さんは、振り返る。大切な髪がなくなることで、自分が蔑視されてしまうような心理に陥ったのだ。
結局、脱毛の副作用のないホルモン剤の治療から始めることになったが、受診のたびに涙が止まらなくなり、女医から「話が進まないから、緩和ケアナース(緩和ケア専門看護師)と相談して」と言われた。緩和ケアは、終末期に限らず必要に応じて提供されるものだと知ってはいたが、このときは「もう、私、死ぬってこと?」とさらに傷ついた。