スポーツ

2024.01.29 11:15

負け姿を見せられる社長こそ格好いい。元K1王者は格闘技で社会を変える

ただ、片足が使えないことは武器を失うことでもある。足は全ての土台なので、踏ん張れないとパンチ力も落ちてしまいます。それで玉本さんから「なんとかベルトを取りたい。どうすればいいでしょうか」と相談を受けました。勝つためにはテクニックやパワー、スピード、メンタルとさまざまな要素が必要になります。それらが怪我によって失われていったとき、残るものを考えました。

まず、彼にはスピードがあった。だから踏ん張れなくてもスピードだけは失わないようにしましょうと伝えました。もうひとつ、誰にも負けないメンタルを持っていると思ったので、とにかく2ラウンド、4分間前進し続ける武士道の精神で行きましょうと鼓舞しました。すると試合の1週間前からメンタルが明らかに向上しました。最終的に勝利してベルトを巻いたことは、玉本さんがチャンピオンに相応しい器をもっている証でしょう。
小比類巻のアドバイスを受け、攻める玉本潤一(左)

小比類巻のアドバイスを受け、攻める玉本潤一(左)

──自分の武器を把握し、状況に応じて使うべきものを取捨選択することは、経営にも通じると感じます。中でもメンタルはつねに強く持ち続けることが重要なのではないでしょうか。小比類巻さんは選手のメンタルを鍛えるためにどのようなことを心がけていますか。

私は選手を育てる上で、強みだと思っていることがあります。最初にその人の動きを見たときに、どういうスタイルで戦うべきかの青写真を描けるんです。

格闘家にはガードをしながら前に突き進んでいく「ファイター」タイプと、相手と距離を保ちながら攻める「ボクサー」タイプ。少し打たれ弱かったり、背が高くて細かったりするので「当てて逃げる」タイプ、大きくはこの3タイプに分かれます。

このタイプを踏まえて青写真を作っていくと、自分の中にデータが見えてきて、その人が強化するべきはパワーなのかフィジカルなのか、テクニックなのかが分かる。その特徴を生かしてトレーニングをしていくと、選手も自分の強みが明確になってレベルがどんどん上がっていく。それを実感できると楽しくなって、メンタルも向上していきます。

ですが、試合になると選手が自信をもっている部分が通用しない場面もたくさん出てきます。そんなときには私たちがサポートに入り、選手が冷静と自信を取り戻せるように声をかけています。

負けたときにこそ、その人の姿勢が表れる

──格闘技は経営よりも勝ち負けが明確です。勝ってうれしいのは当然ですが、負けたときにどうあるかも大事だと思います。実際、敗れた選手の皆さんは悔しそうにしていましたが、そうしたときの振る舞いについて思うところはありますか。

負けたときにこそ、リングに対する姿勢がよく見えますね。今回殊勲賞に選ばれた、3試合目に出場した甲斐裕章さん(トレジャー 代表)は、うちのジムをはじめお住まいの県でも、出張先の海外でもトレーニングするほど熱心な方です。だけど、今回初めての試合で負けてしまった。私はその姿を見て、試合までの日々を見ていたこともあり、言葉にならない美しさを感じました。

この大会を初期からずっと応援してくれている大手IT企業の幹部の方が今回も観戦していて、「取引先や家族の前で負ける姿を見せられる人が一番かっこいい」と言ってくれたんですが、それに最も当てはまるのが甲斐さんでした。

実は試合後、甲斐さんの足が腫れていて、もしかしたらそれがなければ試合でもっと蹴れたかもしれない。だけど甲斐さんはそれを負けた言い訳にせず、足を痛めずに試合を進める方法がなかったのかを考えていました。大会後にはすぐ、いつから練習を再開しようかと連絡が来たくらいです。

「EXECTIVE FIGHT- BUSHIDO」は、選手にとってチャンピオンになって社員や家族と一緒に喜ぶための大会でもあります。しかし一方で、選手が負けてリングを降り、どんな表情を社員や家族に見せるのか、それを見ている人たちがどう迎え入れるのかということも踏まえて、私たちは殊勲賞を用意しています。負けた選手にとっても素晴らしい大会であってほしいと考えています。
殊勲賞を受賞した甲斐裕章(右)。足を痛めながらも戦い抜いた

殊勲賞を受賞した甲斐裕章(右)。足を痛めながらも戦い抜いた

──敗北からの学びやその経験を糧にすることも大事ですね。今大会で過去の敗北があったからこそ成長したというようなケースはありましたか。

メインイベントで勝利した大手SNSプラットフォーマーの元代表の方は第1回大会から出場していて、初出場の試合では判定で負けてしまいました。そこからまた挑戦を始め、連勝を重ねて今回、タイトルまで獲得しました。
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文=尾田健太郎 写真=小田駿一 インタビュー=Forbes JAPAN Web編集長 谷本有香 編集=大柏真佑実

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