もし現在の成熟した身体を保持して、脳の機能だけ生まれたばかりの状態に戻り、その進歩が加速度的に進むとしたら。そして、その眩い速度ゆえにどんな社会的制約も受けず、何の偏見もなく経験値を重ねるとしたら。
そんな甘美な空想を映像として実現したのが映画「哀れなるものたち」(原題「Poor Things」)だ。原作者は英スコットランドの小説家、アラスター・グレイ。彼が1992年に発表した奇想の小説を、ギリシャ出身の映画監督であるヨルゴス・ランティモスが映画化した。
ヨルゴス・ランティモス監督は、「ロブスター」(2015年)という作品で、独身者が45日以内に配偶者を見つけられなければ動物に変えられてしまうという近未来の社会を描き、カンヌ国際映画祭の審査員賞を受賞。その後、「聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア」(2017年)や「女王陛下のお気に入り」(2018年)などの独特の作品で注目を集める。
「哀れなるものたち」は、原作小説に強く感銘を受けたランティモス監督が以前からあたためていた企画であり、前作から5年ぶりに満を持して発表した、大胆で壮大な物語が縦横無尽に展開される話題作となっている。
ベラ役を演じるエマ・ストーン(c)2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.
すでに昨年の第80回ヴェネチア国際映画祭では最高賞の金獅子賞を受賞。今年度のアカデミー賞でも作品賞、監督賞、主演女優賞をはじめとする11部門でノミネートを果たしている。
奇跡的に蘇生した女性の物語
ロンドンの橋の上から1人の若い女性(エマ・ストーン)が飛び降り自殺をする。しかし遺体を収容した天才外科医のゴッドウィン・バクスター(ウィレム・デフォー)によって、彼女は奇跡的に蘇生してベラという名前が与えられる。新たな人生を歩み始めたベラだったが、その振る舞いは生まれたばかりの赤子のようで、自由奔放。ゴッドウィンは彼女の記録係として、教え子のマックス・マッキャンドレス(ラミー・ユセフ)を雇い入れる。