「ダイバーシティもCSRのためではなく、日産の力となるものでなければならない」と星野。工場の生産ラインに女性従業員を増やしたのも、生産性にメリットをもたらすと踏んでのことだ。工場の組み立てラインでは、人間工学に基づいて作業負荷が決められている。作業員に女性が増えればその基準を改める必要があるが、それは男性にとっても体力的負担を減らすことにつながり、結果として生産クオリティが向上したのだ。
「こうした成功事例を国内外の論文で目にしていました。工場に女性を増やすとシャワー室など設備投資が必要になりますが、その出資を軽く超えるメリットがあると確信していたんです」
まだ「アンコンシャスバイアス」という言葉すらなかった時代から、星野は社内に呼びかけてきた。”Be tough on woman (女性に忖度しないで)”。そこには、忖度がもたらす負の影響をなくしたいという星野の切実な思いが込められている。
例えば、課長候補に挙がっていた女性社員が妊娠中だったことから、人事担当者の判断で候補者リストから外されたことがあった。それを知った星野は「本人に、昇格試験を受けたいかを聞いたのですか? まずは彼女に確認するのが筋ではないですか」と人事に迫った。本人に尋ねると「やります」と即答。産後3カ月で復帰したという。
「良かれと思ってやったことが、女性の可能性をつぶし、意欲を削ぐことも。だからこそ“Be tough on woman”でなければならないんです」
ブラジルに新設した販売会社に責任者を派遣することになったときのこと。白羽の矢が立ったのは3人の子をもつ女性社員、それも産休から復帰したばかりだった。
「当時の常務は迷ったそうですが、“ Be tough on woman”を思い出して打診したところ、彼女は快諾し、子どもたちを連れてブラジルにわたったのです。その話を聞いて『さすが日産!』と思いましたよ」
星野が入社した当初は1%台だった日産の女性管理職比率は、現在10.4%(23年3月末実績)。同業他社の平均が4%程度であることを考えると、際立った数字といえる。その裏には、女性たちを勇気づけ、可能性を引き出してきた“Be tough on woman”の精神があった。
ほしの・あさこ◎1960年、福岡県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。日本債券信用銀行(現あおぞら銀行)を経て米ノースウェスタン大学ケロッグ大学院にてMBA取得。社会調査研究所で主任研究員を務め、2002年に日産自動車に入社。19年より現職。