本記事では受賞者5名のうち、「ITシステム賞」を受賞したトリドールホールディングスの磯村康典にスポットを当て、本誌よりの転載でお送りする。
給料計算、勤怠管理に僕らがオリジナリティを発揮する必要はない。国が定めたルール通りにきっちりやれば十分」
讃岐うどん専門店「丸亀製麺」など外食ブランド1900店舗以上を30の国と地域に展開するトリドールホールディングス(以下、トリドール)。同社でDXの旗振り役を務める執行役員CIO/CTOの磯村康典は2019年に着任してまもなく自前のシステムを思い切って捨てる決断をした。自社のサーバーをクラウド上に移し、内製したソフトウェアの使用を徐々にやめていったのだ。その代わり複数のITベンダーとパートナーシップを結び、サブスクリプション型のSaaSに業務システムを変更した。日本企業でここまで徹底してSaaSに置き換える例は珍しい。
「私たちの強みは『手づくり』『できたて』。いずれも店舗で人が生み出す価値です。IT企業なら自分たちで開発したシステムにこそ価値の源泉がある。でも私たちはIT企業じゃない」
トリドールが掲げるミッションは「食の感動体験」の提供。それ以外の要素は排して身を軽くし、ミッションに注力するという発想だ。
経理、人事、コールセンターなどのバックオフィス系の定型業務もBPO化、すなわち丸ごと外部委託して肩の荷をさらに下ろした。
「同じ会計基準なので何百社分を一手に引き受けているベンダーの方は迅速かつ正確に作業するノウハウを蓄積している。社内で抱えるより、バックオフィス系のプロフェッショナルがクライアントである私たちの要望に応えるかたちで仕事をしてくれるほうが断然いい」
同じメニューがPOSレジで店舗ごとにバラバラに登録されていたせいでデータ分析に支障を来していた積年の問題も、BPOの力を借りて解決した。丸亀製麺の看板メニュー「釜揚げうどん」の場合、例えば並、大、得の3サイズ、あるいは割引を示す☆マークなどで、それぞれ別の商品として登録されていた。そこでBPOの商品マスタ入力センターをつくり、1年がかりで過去にさかのぼって商品マスタを統合した。
これで釜揚げうどんの分類問題に頭を悩ますことなく、販売実績を可視化して分析し、戦略を練ったり、企画を考案したりする時間が増えた。メニューを一元管理して全国に配信するので店舗の負担軽減にもつながった。
既存のSaaSでほとんどの業務システムをカバーできるとしても、新たに欲しい機能も出てくるはずだ。そんなとき磯村は外食産業に強みをもつITベンダーなどに要望を出してSaaSを開発してもらう。もちろんITベンダー側にもメリットがなければ特別対応はしてくれない。どうするのか。
「『うちが1000店舗に入れるけど、どうしますか?』って言うんです(笑)。うちは要件定義と導入にコミットするから、あなた方も機能強化にコミットしてくれということです。当社専用機能ではなく、そのSaaS標準機能であれば、同業他社へ展開することも可能であるという話をすると、大体引き受けてくれています」
トリドールの要望を入れて実装した仕組みを競合に利用されるのは、もったいない気もする。だが、サービスが普及すれば、あらためて要望を出さなくてもITベンダー側で機能追加やセキュリティ修正などの更新作業をどんどん進めてくれる。そのメリットはお互いにとって大きく、かつ長続きする。