ビジネス

2024.01.25 08:00

創薬への投資を最大化する。中外製薬の「全社ゴトDX」改革

志済聡子|中外製薬 上級執行役員 デジタルトランスフォーメーション統括 デジタルトランフォーメーションユニット長

Forbes JAPAN 2024年3月号(84ページ〜)では「CIO AWARD 2023-24」を特集。DXの旗のもとに変革を主導するテクノロジーリーダー5名を発表する。

本記事では受賞者5名のうち、グランプリを受賞した中外製薬の志済聡子にスポットを当て、本誌よりの転載でお送りする。



中外製薬(以下、中外)は2023年10月、時価総額で約1年半ぶりに国内製薬首位に返り咲いた。同社は30年から自社開発の新薬を毎年グローバルで上市することを目指している。創薬のハードルが高まるなか、いかにこれを実現するか。21年2月に公表した成長戦略「TOP I 2030」が目標達成を左右する要素のひとつとして挙げるのが、「デジタルトランスフォーメーション(DX)」だ。

上席執行役員でデジタルトランスフォーメーションユニット(DXユニット)長の志済聡子は、戦略の中にDXが明確に位置づけられて「うれしかった」とふり返る。「全社的なDX推進の責任を担う私たちのチームの活動に対する評価が『TOP I 2030』に反映されたのだと思いました」

日本IBMから中外へ転じたのは19年。デジタル戦略推進部とITソリューション部で構成されるデジタル・IT統轄部門(現・DXユニット)が新設され、そのトップに就いた。最初に取り組んだのがヒアリングだ。各部署に配置したDXリーダーを通じてそれぞれの悩みを聞いて回った。といっても製薬会社のイロハも最初は分からない。このとき役立ったのが官公庁への営業を担当した前職の経験だった。「お客様のビジネス上の課題は何なのか。IBMはどんな解決策を提供できるのか。ヒアリングと計画立案をくり返しました。上司には『君のビジョンは何だ?』と問われ、提案書のレビューでは『プランが甘い』『信用できない』と指摘を受ける。このトレーニングで課題を聞き出して解決策を練る習性が染みつきました」。

特に強い課題感をもっていたのが医薬品の製造工場だった。作業を効率的に進めるには各社員のスキルを考慮して人員を配置する必要がある。ところが従来は紙で作業記録を管理したり、Excelで翌週の計画を立てたりする方式を採っていたため担当者に過大な負担がかかるうえ、最適な人員配置も難しかった。そこで、作業記録の電子化を進め効率化を図った。加えてリモートで生産を続けるため、スマートフォンを介して進捗状況を可視化し、遠隔指示を作業員へ出せるシステムを構築。浮間工場を皮切りに、宇都宮、藤枝などほかの工場にも同様のシステムの展開を進めている。

ITソリューション部の前身である情報システム部(情シス)の改革にも取り組んだ。それまでの情シスの主な役割は自社サーバーの保守・運用を任せるITベンダーのやりとり。しかも部署ごとに異なるITベンダーと契約していた。契約金が一定額を超える場合は、志済が委員長を務めるデジタル・IT投資の審議委員会で決済するのだが、「明日までに契約するので決済してくれ」と申請してきた部署もあった。
次ページ > なぜ旧来の「慣習」にメスを入れることができたのか

文=緑 慎也 撮影=苅部太郎

この記事は 「Forbes JAPAN 2024年3月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

タグ:

ForbesBrandVoice

人気記事