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2024.01.25 08:00

創薬への投資を最大化する。中外製薬の「全社ゴトDX」改革

「契約の査定や、価格交渉もしていませんでした。私自身、以前はベンダーの立場でお客様との価格交渉に向き合っており、もっと交渉すべきだと伝えました。今は各部署と一緒に問題を解決し、プロジェクトを進める体制ができています」(志済)。

なぜ旧来の「慣習」にメスを入れることができたのか。志済は、前CEOの小坂達朗(現・特別顧問)に「デジタルを使って本気で中外製薬を変えるつもりで来てほしい」と言われたことが大きかったと語る。

「デジタル戦略推進部を新設するときも、優秀な人材を集めてくれたおかげで『中外はDXにコミットしている』という姿勢を社内にも示すことができました。組織づくりや資金面での後押しがなければ、私のように外部から入ってきた者が改革を進めるのは難しいのではないでしょうか」

DXが軌道に乗った理由はほかにもある。社員の意欲だ。「他人ゴトではなく全社ゴトとして社員一人ひとりがDXで何ができるのか主体的に考えている。意欲の高さは、7期目に入ってもアカデミーへの参加者が減らないところにも表れています」

アカデミーとは、「CHUGAI DIGITAL ACADEMY」のことだ。データサイエンティスト育成コースとデジタルプロジェクトリーダー育成コースがあり、それぞれ約15人ずつが約9カ月間、専門家からデジタル関連のスキルを体系的・実践的に学ぶ。23年12月までに7期実施されており、すでに200人以上が参画。アカデミーは、20年に公表したDX戦略「CHUGAI DIGITAL VISION 2030」のもとで設置された。このビジョンを支えるのは「デジタル基盤の強化」「すべてのバリューチェーンの効率化」「デジタルを活用した革新的な新薬創出」の3本柱。「DXで事業効率を向上させるのは創薬への投資を最大化するためです。今は人工知能(AI)などを活用して革新的な新薬や、患者さんのデータを集めて解析し、それを患者さんあるいは医療関係者の方たちに還元する等、私たちのビジネスを変えるPhase 2に入っています」(志済)。

テクノロジーリーダーは自分たちの業務がどう変わり、経営にどのようなインパクトを与えられるか、を的確に伝える能力が必要だと志済は言う。

「私自身、薬やR&D(研究開発)の中身を細部までは理解できません。しかしほかの社員にはないスキルをもっている。そこにどれだけ価値を感じてもらえるかで勝負するしかありません」


志済聡子◎中外製薬・上席執行役員デジタルトランスフォーメーションユニット(DXユニット)長。日本IBMでシステム営業を担当。同社執行役員を経て、中外製薬のデジタル・IT統轄部門(現・DXユニット)トップに就任。

※(お詫びと訂正)
Forbes JAPAN1月25日発売号の同記事の中で、「中外製薬のCIO」は「中外製薬のDXユニット長」の誤りです。訂正しお詫びいたします。

文=緑 慎也 撮影=苅部太郎

この記事は 「Forbes JAPAN 2024年3月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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