企画を立ち上げたNHKアナウンサー村上里和氏が、「みんなの子育て☆深夜便」誕生秘話を語ってくれた。
※本稿は、村上里和[編]『NHKラジオ「みんなの子育て☆深夜便」 子育ての不安が消える魔法のことば』(青春出版社)の一部を再編集したものである。
発端は中川李枝子氏の一言、「子どもはみんな問題児」
全国の眠れない人たちと歩んで30年余り続いてきたNHK「ラジオ深夜便」。高齢のリスナーが多いと言われてきたこの番組に、なぜ「みんなの子育て☆深夜便」が生まれたのか。「ラジオ深夜便」アンカー村上里和氏は言う。「それは、私が子どもの頃からずっと憧れていた絵本『ぐりとぐら』の作者・中川李枝子さんへのインタビューがきっかけでした。
中川さんは17年間保育士として勤めた経験をお持ちで、子どもたちとの交流の中から生まれた数々の名作絵本はもちろん、お母さんたちに語りかけるエッセイも多く出されています。『ラジオ深夜便』で放送したインタビューの最後に、子育てに奮闘するお母さんたちに向けてメッセージを贈ってくださいました。
『子どもはみんな問題児なの。でも、子どもたちは、どんなお母さんでも、自分のお母さんが一番大好きなのよ。だからお母さんたちは自信を持って』と語られたのです」
20代の母から届いたメール
そして、中川氏のインタビューが放送されたあと、村上氏のもとに20代のお母さんからメールが届いたのだ。「それまでは60代から80代のリスナーからのお便りが中心でしたので、『20代の女性も聴いてくださっているんだ!』とびっくりしたことを覚えています」(村上氏)
そこには、「子どもが生まれて、2、3時間おきの授乳のため夜中も眠れず、1人孤独を感じながら過ごしています。テレビをつけると、私も赤ちゃんもまぶしくて目が覚めてしまうので、ラジオを聴くようになりました。中川さんのインタビューに思わず聴き入りました。最後は、まるで自分への励ましの言葉をもらったようで、ボロボロ涙が出ていました」と書かれていたという。
実は子育て中の母たちも聴いていた──
その後も、「産後よく眠れず、ラジオをつけるようになりました」「『ラジオ深夜便』を知ったのは、出産で入院していた病院の授乳室でした」「授乳で夜中に何度も起きてつらかったとき、深夜便の穏やかな声に助けられました」というママたちからの声が届き、それらが後押しになった。「『真夜中のママたちのための番組』の企画を考え、それが採択されて、特別番組として放送されることになったのです」(村上氏)。
そして「ラジオ深夜便」の放送28年間の歴史上はじめて、子育てをテーマにした「ママ☆深夜便」が、2018年5月に放送された。さらには、2020年4月からは月に一度のレギュラー放送になる。2022年にはタイトルも「みんなの子育て☆深夜便」に変わった。
突然の胃けいれん、耳鳴り、不眠…….。子育てに悩んだ「かつての自分」と重なる
村上氏は、自身の経験を次のように話す。「実は私自身が、自分はダメな母親だと思う劣等感、後悔と反省の気持ちを、ずっと隠し持って生きてきました。母としての自信がないくせに、自分の価値観を子どもに押しつけて、怒ったりあせったりしていました。
子育てがつらくて、孤独で、何か助けになるものを、いつもどこかに求めていたように思います」
自分が母になった日のことは、今でもよく覚えているという。
「特にその日の夜はものすごいプレッシャーを感じました。
日中は夫や両親もやってきてにぎやかに過ごしましたが、夜は病院のベッドに1人。眠れずにいると、看護師さんが『赤ちゃんと一緒に過ごしたいでしょう』と、気をきかせて新生児室から息子を連れてきてくれました。
でも、私は2人でいたくはありませんでした。なんだか不安だったのです。抱っこもまだ慣れず、息子をベッドに置いてその横で正座をした私は、ふにゃふにゃで頼りなげな生命体を途方に暮れた思いで見つめました。
『私がお母さんなんだ。この子をしっかり育てていかねばならない!』という気負いと重圧で、翌日から私の体には不調が相次ぎました。突然の胃けいれん、耳鳴り、不眠……体調が戻るのに1年以上かかりました」
生後3カ月で保育園に預けて職場復帰。アナウンサーとしては半人前で、仕事はうまくいかず落ち込んでばかり。お母さんとしてはまったく自信がない。
「きっと暗い顔をしていたのでしょう。保育園の先生が心配して声をかけてくれました。『お母さん、大丈夫?』。そのひと言で涙が止まらなくなったこともありました」
ふくらむ「真夜中の応援団」たち
村上氏はこう続ける。「私自身がそんな経験をしてきたからこそ、あれから30年もたっているのに、同じようにつらい気持ちを抱えているママたちがいることに、強く心が動かされました。何かできることがあるのではないかという願いを込めて番組を立ち上げました」
するとなんと、「第一線で活躍されている方々が『子育て中のママ・パパたちのためなら』とご出演くださり、『ラジオ深夜便』を長く聴いてきてくださったシニア世代のリスナーの皆さんが励ましの声を送ってくださって、ラジオの放送の中に『真夜中の子育て応援団』がどんどん増えていった」というのである。
「この番組は、討論して何か1つの正しい答えを出すような番組ではありません。
親と子の組み合わせは世界に1つ。子育てに正解はありません。だからこそ、親たちは悩みます。
何に悩んでいるのか、不安なのか。ママやパパたちのリアルな声を聴いて、共有(シェア)する。モヤモヤした気持ち、苦しい気持ちを紹介し、スタジオのゲストとともに、ラジオを聴いている人たちの励ましの声を丁寧につないで放送しています」(村上氏)
正解はなくても、「つながりあえる」
村上氏に、今後のことをも聞いてみた。「私のこれからの願いは、ラジオで生まれているあたたかな交流やことばが、現実の社会にも広がっていってほしいということ。閉塞感のある世の中が、少しずつでも息がしやすい社会に変わってほしいということです。
そのためにも、番組の中で、子育て世代と年配のリスナーが交流することは、とても大切だと思います。
大変なときは助け合い、つながってお互いを思い合える社会になっていったら、すてきですよね」