配達伝票のフルデジタル化に成功
「当社グループはこれまでも、ITの力で経営課題を解決してきました」 そう語るのは、SGホールディングス執行役員DX戦略担当の谷口友彦だ。それは1985年から始まった。顧客や社会のニーズに応えるため、業界に先駆けて貨物追跡システムを構築し、2000年にはネットショッピングの増加に伴って「e-コレクト®️」を導入したのだ。
「e-コレクト®️」は商品を届ける際に商品代金を現金やクレジットカード、デビットカードで回収する代金引換サービスだ。これら顧客のニーズをとらえたサービスを提供することで堅調にビジネスを伸ばした。
05年からは第2フェーズとして、複数のベンダーに委託開発していたメインフレーム(基幹システム)を、オープン化された共通プラットフォーム「SGHプラットフォーム」へと移行した。
「当時はITコストの高止まりが、経営課題のひとつでした。レガシーシステムをダウンサイジングするとともに内製化を進めることで、そのコストを劇的に削減することに成功しました。内製化では、若手社員にプログラミングを学ばせることでIT人材の育成にも取り組み、現在では約1,000人の人材が育っています」
SGホールディングス 執行役員DX戦略担当の谷口友彦
経済産業省が18年に、老朽化、複雑化、ブラックボックス化した既存システムが経済損失をもたらすと警鐘を鳴らした、いわゆる「2025年の崖」問題を、同社グループはこの第2フェーズの時点ですでに解決しているのだ。そして18年からは、第3フェーズがスタートした。トータルロジスティクスを提案していくなかで、その基盤を担うDX戦略を重要な成長エンジンと位置付けていると谷口は語る。
「物量が増え、ビジネスチャンスはあるのですが、それを支える人材不足が深刻化することが懸念されていました。そのギャップをテクノロジーの力で埋める取り組みを進めてきました」
最も大きな成果のひとつが、配達伝票を自動で認識する「AI-OCR」の開発だ。SGホールディングスグループでIT統括事業を担うSGシステムが19年に導入し、日々の業務で発生する50万件以上もの手書き伝票データをAIに学習させることで、配達伝票に記載されている荷物のサイズや重さといった数字を読み取ることに成功している。
「佐川急便では、年間約14億個の荷物を扱っており、ECが進んだことによって配達伝票の9割は電子化が進んでいましたが、手書きの配達伝票は、繁忙期には1日50万枚もの枚数にのぼるという課題がありました。この手書き伝票をデータ化するために開発を進めたのが、「AI-OCR」です。
配達伝票は複写式になっており、かすれや傷が入ってしまうという課題もありました。そうしたものも読み取れるように学習をさせて、数字に関する読み取り精度は99.995%を実現しました。配達伝票に記載される数字情報は請求に利用するため、システムへ手入力する必要があったのですが、この作業にかかっていた年間約10万時間を削減することにつながり、従業員がより付加価値の高い業務を行うことが可能になりました」
電子化された配達伝票のデータは、配送ルートの自動化にも活用されてきた。しかし、配達先住所などの日本語情報のフルデジタル化には至っておらず、ドライバーが一部の配達伝票情報を携帯デバイスへ手入力しなければ、正確な配送ルートを導き出せない状態だった。
この課題にも取り組み、22年4月、ついに手書きの配達先住所なども認識するAI-OCRの開発に成功し、配達伝票のフルデジタル化が実現したのだ。
現在は、早朝4時までにすべての荷物情報がデータ化され、最適な配送ルートを算出している。また、従来、配送ルートの作成にはドライバーの経験値に影響されるところがあったが、新入社員やはじめてそのコースを担当するドライバーでも、効率的に配送することが可能となり、業務品質が標準化されるようになった。配送ルートの最適化により、労働時間を短縮しただけでなく、燃料コストや二酸化炭素の削減にもつながっている。
そして現在、この「AI-OCR」は、文字種によって最適なAIエンジンの選択が可能で、多種多様な伝票や帳票に対応できる「BiZ-AI×OCR」として進化し、他社への販売を開始している。
多くの顧客に利用され、これまでに読み取った文書は、グループ内での活用も含めると累計7億枚にものぼる。
宅配便以外の事業領域に注力
情報のデジタル化により、新たなシステムも開発できるようになった。例えば、23年4月にリリースした「夜積みアプリ」だ。以前は、ドライバーが、朝出勤して配達する順番とルートを考えながら荷物をトラックに積み込むのがルーティーンだったが、配達伝票データがあらかじめ揃っていることで、毎回同じスタッフでなくても積み込みが可能となり、前日の夜に準備(夜積み)しておけるようになった。
「夜積みアプリ」のなかには、荷物情報だけでなく、コース特性に応じたドライバーごとの積み方が設定されており、それらを基にスタッフに対して積む順番や位置を指示する。これらの取り組みの他にも、デジタル化した情報を生かして、同じ配達先への荷物の配達を1日1回に集約することや、GPSと連動させ、誤配を防止するアラートの仕組みを開発するといった数々の施策を実施している。
また、同社グループの大規模物流施設「Xフロンティア®」に自動倉庫や独自開発の協調搬送ロボットなども多数導入しており、同社グループの働き方改革は大きく前進している。23年12月には、業界初のAI搭載の荷積みロボットを4社共同で実証実験する大規模なプロジェクトを発表しており、今後予測される輸送力不足などの将来の業界課題の解決にも取り組んでいる。
業務の効率化に関する成果は着実に生まれており、佐川急便ではコロナ禍などの要因で荷物の取扱量が増えるなか、それに応じて従業員を増やしていたが、今は増加させずに対応しているという。それだけ生産性が向上していると谷口は説明する。
物流業界喫緊の課題でもある「2024年問題」(ドライバーの時間外労働時間の法規制への対応)もすでに対応が進んでいる。22年度から開始された3カ年の中期経営計画「SGH Story 2024」では、重点戦略のひとつに「DXへの投資による競争優位の創出」が掲げられている。DXにおいて業界の先頭を走るSGホールディングスグループだが、攻めの姿勢は緩めない。
同社の23年3月期の売上高は1兆 4,346億900万円だが、長期ビジョンのもと、30年には2兆2,000億円に引き上げる計画だ。谷口はその道筋を思い描く。
「目標を実現するためには、基盤である宅配便事業の安定的拡大を図りながらも、宅配便以外の事業領域を大きく成長させる必要があります。物流は、私たち専業事業者だけでなく、大手流通企業やメーカーにとっても欠かせません。自社で物流に取り組むお客様に対しては、私たちのソリューションを提供することで、お力になることが可能です。一方で、物流業界における2024年問題もそうですが、さまざまな業種・業態で労働力不足の問題を抱えていると思います。実際に自社では対応しきれずにアウトソーシングする例も増えてきていますので、当社グループがその課題に応え、共同で在庫管理や配送をするという方法もあります。私たちのビジネスを成長させながら、お客様の課題も解決し、サプライチェーン全体の効率化に向けた新たなチャレンジにも取り組んでいきます」
SGホールディングス
たにぐち・ともひこ◎2002年、フューチャーシステムコンサルティング(現フューチャー)に入社。16年にSGシステムの代表取締役社長に就任。19年よりSGホールディングスの執行役員IT戦略担当(現・DX戦略担当)、佐川急便の取締役を兼務。