日本にとらわれない
ジョーシスを選んだ理由はもうひとつある。グローバルへのパッションだ。世界で事業をしたいという思いに火がついたのは、19年にダボス会議(世界経済フォーラム年次総会)のヤンググローバルリーダーに選出されて、海外の企業と交流が広がってからだ。「18歳で富山から上京したときは、富山は小さな町だから、東京に出て日本を知りたいという思いでいっぱいでした。グローバルの起業家と出会って、それに近しい感覚になった。日本は世界の端っこなんだなって」
ラクスルでも世界展開は進めていた。しかし、印刷会社をネットワークするラクスルのビジネスモデルは1カ国ごとに立ち上げる必要があり、どうしても時間がかかる。一方、ソフトウェアなら一カ所でつくったプロダクトを世界中に販売できる。世界を狙うならジョーシスが近道だった。
実はジョーシスも当初は1カ国ずつ順番に展開する予定だった。しかし、途中から同時に多国展開するマルチナショナル戦略に転換。これも海外の起業家たちの影響が大きい。
「シンガポールでサイバーセキュリティのスタートアップをやっている友人は、社員10人程度にもかかわらず、スペインに開発チームをもち、東南アジアをはじめUSやヨーロッパにも顧客がいます。最初はそんなことができるのかと驚きましたが、世界にはそんな起業家が大勢いた。それなら自分もやればいいと」
無論、思い立ったからといって簡単にできるものではない。特に松本にはラクスルを成長させた強固な成功体験がある。社員の7割以上が非日本人という現在の組織をマネジメントするには、日本のドメスティックなやり方をアンラーニングしたうえで、グローバルのやり方を身につける必要がある。松本は冗談交じりに新たな挑戦のハードさをこう明かす。「ラクスルを立ち上げたときより学習量が多くて、メチャクチャ大変。フライトも多いし、本当に疲れます。起業家としては今回の挑戦を最後にしたい(笑)」
取材中、何度も「グローバル」と口にした松本。世界中で市場を開拓するのなら海外投資家からの資金調達という選択肢もあったはずだが、ジョーシスは2度の資金調達を日本の会社からに限った。そこに日本へのこだわりが感じられなくもないが、真意はどうなのか。
「日本は低金利で、条件が良かっただけですよ。もちろん日本から世界に出るロールモデルになれればうれしいし、インパクトを生んだ結果が日本に還元されればいい。ただ、僕は世界の課題を解決したい。そのためには日本的な文脈にとらわれていてはダメ。日本人として世界で頑張るという意識はないですね」
まつもと・やすかね◎2008年、慶應義塾大学商学部卒業後、A.T.カーニーを経て、09年9月、ラクスル創業。18年5月に東証マザーズ、19年8月に東証一部上場(現在は東証プライム)。22年2月、ラクスルのグループ会社としてジョーシスを創業。23年8月、ラクスルの社長を退任、会長に就任するとともにジョーシスに専念。Forbes JAPAN「日本の起業家ランキング2019」第1位。