今回紹介する平井誠人氏は、IT企業として急成長を遂げているアトラエ、Sun Asteriskを創業した連続起業家であり、数々の事業のスタートアップを支援する投資家・ファウンダーだ。その領域は本業のITビジネスにとどまらず、これまで島根で日本酒造りを支援したり、シンガポールで日本酒バーを拓いたりするなど、ジャンルを横断して様々なプロジェクトに関わってきた。そんな平井氏が、自身初のレストランの出資にふみきったのが、スペインバスク地方・アシュペ村で前田哲郎氏が2023年5月にオープンしたTxispa(チスパ)だ。
前田氏は、同じアシュペ村にある薪焼きの名店エチェバリで10年働き独立。バスクの食材と薪焼きの技術に日本のアイディアを組み合わせたオリジナリティあふれる料理が評価され、先般発表されたミシュランスペイン版では、日本人としてはスペイン史上最速で一つ星を獲得する快挙を成し遂げた(前田哲郎氏の、ミシュラン発表直後インタビュー)。
普段は表に出ることはないが、前田氏を応援し、独立を影で支えていたのが平井氏だ。海外で成功するレストラン経営の秘訣、オーナーとシェフの理想の関係とはー。シンガポールとスペインに居住し、世界をまたにかけて活躍する平井氏に話を聞いた。
「0から1を創るのが好き」
──平井さんは連続起業家、ファウンダーやインベスターとして活躍されていますが、これまでの経歴を教えて頂けますか?実は、新卒では三菱商事に就職したのですが、入社後2週間で辞表を出し、3カ月で辞めました(笑)。入社後すぐ、誰かの指示を正確にこなす、いわば敷かれたレールを走るのが得意ではないと気付いたんですね。その後は、大学院時代にアルバイトをしていたインテリジェンスの子会社の立ち上げに携わった後、IT企業である現アトラエやSun Asteriskを起業しました。すでに整った組織の中で何かをやるのが面白いとは思わない性質なんです。
現在取締役を務めているSun Asteriskは従業員2000人以上の規模に成長しましたが、実は1300人位のときに代表を受け渡しています。創業者だから一番トップに立っていたいとは思わないし、会社にとって最適な人がやればいいと思っているんです。
インベスターとして、IT以外の領域ではこれまでに日本での日本酒事業、ニューヨークのブルックリンの酒蔵やシンガポールの日本酒レストランなどをやってきましたが、単独出資でのレストランは初めてでした。自分がコミットする必要があるからこその面白さがありますね。私は、ゼロをイチにするのが大好きで、自分がやるのも、一歩踏み出そうとする人をサポートするのも好きで、今も様々な事業を並行してスタートさせています。
──前田シェフとの出会いのきっかけを教えてください。
もともと食べるのが好きで、エチェバリには毎年数回伺っていました。哲さんのことももちろん存じ上げていて、挨拶はしていたのですが、きちんと話をしたのは2020年10月です。エチェバリの予約の前日、私が好きなレストランの一つ、サンセバスチャンのIBAIにお誘いしたのがきっかけです。
ちょうどコロナ禍で、旅行者に翌日から移動制限がかかることがわかり、その日のうちにサンセバスチャンからアシュペ村へ移動して、哲さん家に泊まらせて頂くことになったんです。暖炉の前で、いろいろな話をしたのを覚えています。哲さんは、自分のキャリアについて悩んでいる時期でした。スペインに残るか、哲さんの実家のある金沢で自分のお店を拓こうか。「辞めるならやめるで、ビクトル(エチェバリのオーナーシェフ)にきちんと相談した方がいいのではないですか」。そうアドバイスをしたんです。
旅行を終えて帰国した後も、気になって、「ビクトルと話せましたか?」とたまに連絡を取っていました。哲さんからは、日本に帰ろうかと口では言いつつ「この村が好きで、自分はここで料理をしたいんだ」という思いも伝わってきました。そこで、「もしスペインでお店をやるつもりなら、サポートします」と提案したんです。
──海外、しかもバスクの山奥のレストランだとなかなかリスクがあると思いますが、出資しようと思った決め手はなんでしょうか。
まずエチェバリというレストランが好きだったこと、そして哲さんの人柄ですね。ちょうど実業家の本田直之さんの企画で、エチェバリのドキュメンタリーを日本語で解説するというZOOM配信があったんです。そこで哲さんの料理に対する思いや、エチェバリやビクトルへの想いを聞いて、哲さんの人となりや料理に対する並々ならぬ情熱に圧倒されたし、「すごいな」と思っていました。
私は、才能がある人は絶対にチャレンジしたほうがいいと思っているんです。
才能があるのにやらなかったり、資金がなくてできなかったり、もったいない方向に行ったりするケースってあるじゃないですか。哲さんの場合も、哲さんの意志を尊重するものの、「バスクでここまで頑張ったのに、今帰国するのはもったいない」と内心思っていました。
金沢でお店をやる場合は、サポートしてくれる人も別にいらっしゃったので、自分が出る幕はない。でも、もしバスクの山奥でやりたい場合、ぱっと出資する人はなかなかいません。私はスペインでやる方が、哲さんにとって良い選択だと思ったので、「ビクトルのOKが出てあり得るならば、それはサポートするから」と背中を推せたんです。
──その時は、哲郎さんの料理を食べたことはなかったのでしょうか?
エチェバリ以外ではなかったですね。でも、私は学歴や経歴にこだわることはあまりなく、「なんか、この人面白いな。この人はこんなことをやれそうだな」と直感で判断するタイプでして。
実は、私が創業したSun Asteriskの現代表は、高校を中退して新宿でホームレスをしていたこともある、変わったやつなんですよ。たまたま出会って、めちゃくちゃ頭が良くて面白いなとピンと来て、事業を一緒に始めました。
──プロジェクトが始まってからの2年間で苦労したことは何でしょうか。
まずは場所探しですね。この村にはレストランの空き物件はおろか、賃貸の物件情報すらなかったんです。人の住んでいない候補の家を見つけても、まずその持ち主を探し、直接扉をノックして話をするところから始まります。
崩れかけた家をリフォームして使うべく測量しても、構造上の問題や、物理的な制約もあったりして、なかなかいい物件が見つかりませんでした。
そんな時に、今の場所のオーナーから連絡をもらったんです。Mendi Goikoaといえばスペイン国王も足を運んだという村で一番有名な場所ですが、その分ノータッチだったんです。
それと、経営面でいえば、まったく畑違いの人と仕事する難しさはありました。やっぱり哲さんは料理人で、アーティストなんです。ビジネスパーソンだとスキルの五角形がバランス良く整った方が多いのですが、哲さんの場合は、料理の部分だけ枠外に飛び出している感じ(笑)。当たり前にできるだろうと思うことが、できなかったりするんです(笑)。
料理を作る能力が長けていることと、レストランを経営するのは別の話です。経営には、スタッフの雇用から給料の支払い、マーケティングなど様々な能力が要求されます。これまで哲さんは一皿の料理と向き合うことに集中したわけですから、プロジェクトの初期段階では特に本人も難しかったと思います。私も初めは戸惑いましたが、ミーティングをして、わかる・わからないことを明らかにして、どう進めていくかを早めに共有するようにしました。今は認識のズレもだいぶ少なくなりましたね。
オーナーよりも「ファウンダー」
──平井さんは基本的にビジネスの場で活躍されていて、現場に立たれているわけではありませんが、オーナーとしての楽しみはどこにあるのでしょうか?オーナーがどこまでの役割を担うか、何を目指すのか、オーナー像は人それぞれです。ミシュランの星をたくさん取りたい人などもいます。
私の場合は、所有欲はなくて、とにかく何もないところから何かを作り上げるのが楽しいんですよね。それも、あまり小さいものよりは、世の中にそれなりのインパクトを与える可能性があることに惹かれます。自己満足ではありますが、自分の何かしらのサポートで、一つのプロジェクトが立ち上がった、自分がいなかったらできなかったかもしれないと感じられることがが、一番の楽しみです。0が1、1が100になる過程に、何かしら携われたら嬉しいですね。
──今はオーナーとしてどのような役割を担っていらっしゃいますか。平井さんが考える、オーナーとシェフの理想の関係を教えてください。
現在は哲さんがオーナーシェフ、私がオーナーという形ですが、あくまで哲さんがレストランの代表で、私はサポートする影の存在です(笑)。実はオーナーという言葉も好きではないですし、それに表に出る必要もないと思っているので、あくまで「ファウンダー」という立場でいられたら良いと思っています。
私はどの仕事もそうですが、「自分以外の人ができるのなら、自分がやる必要はない」と思っていて。だからカトラリーの決定など店の内部の決定事項には基本的にノータッチです。哲さんがこれまで経験がなく不得意な部分や、認識していないけれどやった方が良いことに特化するようにしていますね。例えば売上や客単価、客数、原価といった数字面は常にチェックし、哲さんと相談するようにしています。
──今回、オープン半年でミシュラン一つ星を獲得し、ある意味結果が出る形となったわけですが、オーナーとしてのご心境は?
表彰式で哲さんからガッツポーズが出たことは嬉しかったですし、評価を頂けたことはありがたいですが、あくまで通過点だと思っています。
今のSun Asteriskも、最初に上場したときは周りからお祝いの言葉をいただいたのですが、内心は何とも思っていなかったというのが本音です(笑)。だって、世界には星の数ほど上場企業があって、10兆円企業ですら世界に225もあるんです。上場しただけなんて珍しくもないんです。
こんなことを言うのも、哲さんが、ここで終わる人とは思ってないから。もっと上を目指せる人、目指すべき人が、満足して喜んでちゃいけないと思いますね。
──今後の展開や目標について教えてください。
目標としては、三つ星でも「世界のベストレストラン」1位でも良いですが、わかりやすく認められる存在になってほしいです。そのために、哲さんをサポートする立場として、私がやるべきことはあると思っています。
でも、今後哲さんのできることが増えれば、私の役割は少なくなっていくと思うんです。私の役割が0%になれば、いずれ哲さんが一人で歩んでいくタイミングがあるかもしれない。
ただ、どの企業にもいえることではありますが、ステージを変えるタイミングってある。レストランとして上を目指すだけでなく、その先の別の展開があるかもしれない。業態を変えるのか、仕組みを変えるのかわかりませんが、何かしらステージが変わった時に、また自分が伝えられることが出てくるかもしれない。そのステージを用意できたらいいなとは思っています。それが何なのかはまだわかりませんが(笑)。
水上彩(みずかみ・あや)◎ワイン愛が高じて通信業界からワイン業界に転身。『日本ワイン紀行』ライターとして日本全国のワイナリーを取材するなど、ワイン専門誌や諸メディア等へ執筆。WOSA Japan(南アフリカワイン協会)のメディアマーケティング担当として、南アフリカワインのPRにも力を注ぐ。J.S.A認定ワインエキスパート。ワインの国際資格WSET最上位のLevel 4 Diploma取得。