キャリア・教育

2024.01.10 14:30

危機に処するリーダーの運気

米国の映画『アポロ13』の中に、深く心に残るシーンがある。この映画は、有人月面着陸をめざした米国のアポロ計画の中で起こった宇宙船の事故を描いたものであるが、この事故は、1970年の4月13日、月に向かう途上のアポロ13号が、突如、酸素タンクの爆発事故を起こし、積んでいた酸素を大量に喪失したため、搭乗していた3人の宇宙飛行士、ジム・ラベル、ジョン・スワイガート、フレッド・ヘイズの地球への帰還が絶望的な状況に陥ったものである。

この全く想定外の事故が発生し、3人の生命が絶体絶命の危機に直面した状況において、管制センターの誰もが途方に暮れ、極めて悲観的な心境になっているとき、この管制センターの首席統括官であった、ジーン・クランツは、危機におけるリーダーとして、どう処したか。

彼は、主要スタッフを対策室に集め、まず、黒板に、月と地球、その途上のアポロ13号の位置を書き、そのアポロ13号が地球に戻る線を力強く描き、信念に満ちた言葉で、次のように語った。

「我々のミッションは、彼ら3人を、生きて地球に帰すことだ!」

そして、彼は、その後、昼夜を問わず、スタッフのすべての智恵と力を結集し、考え得るあらゆる方法を用いて、数々の困難な問題を解決し、遂に、3人を地球に生還させることに成功する。

この映画のクライマックス・シーン、3人の乗った司令船が、大気圏に再突入するときの場面は、最も感動的である。スタッフたちが、「もし、遮熱板が剥がれていたら彼らは焼け死ぬ」「もし、突入角度が少しでも浅ければ、彼らは、大気圏外に跳ね飛ばされ、宇宙の彼方に消えることなる」「これは、NASAの最大の危機だ」といった悲観的な状況を語るのに対して、クランツは、胸を張り、明確に言い切る。「そうではない。これは、NASAにとって、最大の快挙になる!」そして、彼の言葉通り、アポロ13号は、奇跡的に、地球への生還を果たす。

これが、後に「輝かしい失敗」(Successful Failure)と称賛されたNASAの伝説的エピソードであるが、この映画は、実話に基づくものであり、このリーダーの姿も、実際のエピソードである。

されば、ここで、一つの問いが心に浮かぶ。「この事故対策の中心人物であるジーン・クランツは、この絶体絶命の危機を脱する運気の強さを持った卓抜なリーダーであったが、果たして、彼は、いかにして、その運気を引き寄せたのか」

この問いに対して、世の中一般の運気論は、「クランツのリーダーとしての楽観的な信念、ポジティブな想念が、運気を引き寄せた」と論じるだろう。もとより、筆者も、著書『運気を磨く』の中で、ポジティブな想念が良い運気を引き寄せると語っているが、実は、危機においてリーダーが運気を引き寄せるためには、もう一つ、不可欠の条件がある。それは、「いかに困難な危機であっても、その危機を乗り越えるために、あらゆる打ち手を、徹底的に打ち尽くす」ということである。
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文=田坂広志

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田坂広志の「深き思索、静かな気づき」

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