経営は楽をしてはいけない
古株の幹部が「前代未聞」と反対した店舗の評価にも乗り出しました。客観性を保つため覆面調査でした。頑張った店はきちんと評価したかったからです。やがて加盟店には明らかに変化が現れ始めました。しかし、何を提案しても変わってくれない店もありました。担当者の交渉が不発に終われば、部長が行きました。部長でダメなら、役員が出向きました。そして最後は、新浪さんが直接出ていきました。
「辛い仕事であればあるほど、上がやらなきゃいけないんです。そうすれば下は仕事がやりやすくなる。安心して仕事ができる」
直接コミュニケーションにこだわる理由は、他にもありました。
「経営トップと現場の距離を縮めたいからです。僕たち経営は、みんながやっていることをきちんと見ている。同じ目線で考えているということを伝えたかった。本当にそうなんだから」
実際、新浪さんは驚くほど店舗のことを熟知していました。加盟店が集まるタウンミーティングで、「どうしてそんな細かなことまで知っているんですか」と驚かれることも少なくありませんでした。「あの棚の上にPOPでも置いてみたらどうですか」と直接店にメールを入れて仰天されたこともあったそうです。社長でもこういうことはできるのです。
こうして現場と目線を一緒にする一方、大きなビジョンを描き、意志決定をするのが経営です。その大きな視点を現場に伝えるのも、直接コミュニケーションでした。
「いつもお店のカウンターのなかにいると、時代の動きというのは、見えにくくなる。だから、自分が話す。いままでどおりのコンビニでは、間違いなく衰退するんです。違いをつくらないといけない。いままでコンビニを使っていなかったような人が使う店をつくらないといけないんです」
その後、ローソンを含めたコンビニは大きく進化していきます。
「新しいことをやろうとすれば、仕事が増える。みんな忙しい。それでもやってもらうには、どうするか。思いを伝えるしかない。胸襟を開き、自分をさらけ出すこと。そうやって人の心をこじ開けていかなければ、何も始めることはできないんです」
そのいちばん難しい仕事が自分にかかっている。新浪さんはそう語っていました。
「苦しいですよ。でも、苦しい先には必ず、明るいことがあると僕は信じています。経営も同じ。経営は、楽をしたら絶対にいいことはない。苦しいからこそ、未来はあるんです」
ローソンで結果を出したその姿勢は、サントリーホールディングスに移ってからも変わらなかったのでしょう。そしてその先に、経済同友会代表幹事という未来も待っていたのです。